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バンドルの箱  作者: 篝レオ aka 篝レイ
深山那月編
30/64

四章 one weak friend(完)

 次の日の朝。

 俺が保健室の自席で、ぼーっと窓の外の曇天を眺めていると、頬に冷たい物が触れた。見ると陽菜が、ミルクティーの缶を差し出していた。


「おつかれさま」


 どうも、と言って俺は缶を受け取って、プルタブを開けて、一口含んで喉を潤す。


「難しい顔してるわね」

「んー。これからどうしようかなー、って考えてたところ」


 俺が生返事を返すと陽菜はため息を吐いた。


「まぁ一週間が、無駄になっちゃったものね」


 と、同情めいた声音で陽菜が言う。

 拓篤にスタンガンを浴びせ、とばっちりで俺も気を失ったその数時間後——俺が目覚めたすぐ後、拓篤も目を覚ました。拓篤のタフネスには真実驚かされるばかりだ。

 ちなみに、その俺らを介抱してくれたのは黒先院長と、陽菜だったのだという。一見、間違いが起こってしまったのかと思ってしまうような惨状だったという。

 まぁ、陽菜たちの言うような間違いはぎりぎり起こっていなかったが、予期せぬ手違いはあった。

 さしずめ、拓篤の一週間分の記憶が綺麗さっぱり抜け落ちてしまっていたことだ。

 医師の所見では一時的な記憶障害、あるいは半永久的記憶喪失らしいのだが、詳しいことは担当医にも判断できないらしい。記憶を取り戻すかもしれないし、戻らないかもしれないとのことだった。

 一週間前の記憶がない……。

 俺の予想が、予想もしないところで実現してしまったということである。

 拓篤は、今日は大事をとって欠席している。

 俺だって本当は欠席したかったのだが、陽菜に事の顛末を説明しなければならない故、こうして甲斐甲斐しく登校してきた次第だ。

 そして説明を受けて、陽菜は愁いの顔を見せるが、俺はそこまで悲観していない。

 確かに、拓篤の一週間の記憶は無くなってしまったけれども、例えその記憶が無くても、拓篤と仲直りする方法を俺はこの一週間で、しっかりと掴み取っているのだから。


「大丈夫だよ、きっと大丈夫」


 俺の自信ありげな様子に、陽菜も少し安心したようだ。

 だが完全には、安心していないらしい。


「じゃあどうして、そんな難しい顔してるのよ」

「いや、んー、まぁ、色々と? 覚悟決めてたって感じかな」


 俺が故ありげなことを言うものだから、陽菜は頭上に疑問符をふわふわ浮かべている。

 まぁ余りに抽象的な物言いだったからな、無理もない。


「陽菜ってさ、まだ例の写メ、持ってるの?」


 訊くと、少し間をおいてから陽菜の答えが返ってきた。


「も……、持ってるけど?」


 すんごい駄々っ子みたいな返事だった。持ってるけど? だから何? 消さないわよ? 言わずともそう態度に出ている。

 写メというのは陽菜が撮った、俺がメイド服を着ているところを捉えた恥ずかしい画像ファイルのことだ。


「それ、今すぐ消してくれないかな?」


 削除を依頼すると、そうは問屋が卸さないとばかりに陽菜が拒否する。


「な、なんでよ。これは那月が、あたしと一緒にアイドルやってくれるって言うまでは絶対に消さな——」

「やるから。やるから、消してくれないかな」


 被せるようにして許諾すると、陽菜は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてきた。本当に? と念押ししてくる。


「やるから」


 俺は二言なく頷いて、取り急ぎ写メを消すように陽菜に迫る。


「ま、まぁ、そういうことなら」


 俺の前でその画像ファイルを削除してみせる陽菜。

 他の端末にバックアップされている可能性はゼロとは言えないけど、おそらく心配ないだろう。

 あれが拓篤の目に触れるとなると、またややこしいことになるかも知れないからだ。具体的に言うと、貞操の危機に陥る恐れがある。

 拓篤の記憶が消えてしまったのなら、どうせなら深山那月の女装という事実も一緒に消えたほうがいい。月宮マナはあくまで深山那月とは別人。それなら問題ないはずだ。

 それに、陽菜にはだいぶ借りが出来てしまったからな。ここらでちびりちびり返していかないと、後々が怖い。

 そしてアイドルならば、男に言い寄られることも、女に恨まれることもなくなる。なぜなら——


「その代わり、恋愛禁止の公言を約束してくれ」

「恋愛禁止?」


 陽菜が問い返した。

 アイドルは恋愛禁止が社会通念。そう、このマジカルフレーズがあれば言い寄る男も、言いがかる女もいなくなる。それは深山那月として過ごすよりも、恵まれた環境となる。

 そして、好きだけど手の出せない男共、妬ましいけど太刀打ちできない女共を、影で笑ってやるのが俺の密やかなる復讐劇である。

 嘘で綺麗に着飾って、アイドルの頂点に君臨して、女神たる私を崇めるがいい愚民ども。という心意気である。


「まぁ、別にいいけど?」


 陽菜の許可を得て、これにて契約成立だ。


「あと俺は音痴だから歌わないし、やるとしても口パクだけどね」


 これも譲れないところだ。俺は月宮マナという嘘でもって、今まで俺を苦しめてきたやつらの心を弄んで笑ってやるのが目的なのであって、音痴を笑われるのはまっぴらだった。

 そして陽菜も、その件については織り込み済みだったらしい。


「問題ないわ。那月にはドラムを担当してもらうつもりだったから」

「アイドルなのに、ドラム……?」


 はて……陽菜はアイドルをやるつもりなのか、それともバンドをやるつもりなのか?


「そう、あたしがやりたいのはアイドルだけど、バンドでもあるの。言うなればバンドル、かしらね」


 バンドル——抱き合わせ商法、みたいなニュアンスの言葉だったか。つまり、バンドとアイドルをうまく掛け合わせた造語なのだろう。

 陽菜の誇りがな表情がちょっと気に食わないが、バンド自体には惹かれるところがある。


「悪くないかも。だとすると拓篤がベース?」


 陽菜がボーカルと鍵盤、俺がドラム、拓篤がベース、という懐かしい光景を思い描きながら俺が言うと、陽菜はあっさりと首を横に振った。


「違うわね、新しく探すことになるわ。いい、マナ? これはバンドル、つまりアイドルなのよ」


 アイドルの性質にあって、男は不要らしい。

 だからこそ陽菜は、しつこく俺に女装を迫ってきたわけか。

 拓篤と一緒にできないのは残念だが、仕方ない。拓篤とのセッションは別の機会にしておこう。その前に、改めて和解をしなくてはならないけど。

 そんな思考はさておき、陽菜が話を進める。


「グループ名は、『たまごどん』で行くわ。前にも言ったとは思うけど」


 確かに言ってた。そしてダサいなー、と思った。


「それアイドルの名前としてはちょっと、どうなのかな……」


 無条件でナンセンスの烙印が押されそうな名前だよな。いやしくもアイドルの名前には相応しくない。


「ん、なら「たまどん」でもいいけど?」


 陽菜が仕方がない、と言わんばかりに代案を出した。

 けど、全然ダメ。ダサいポイントと思われる、「丼」が残っちゃってる。お残しは許しまへんで。


「やっぱ別なやつ、考えた方がいいと思う」


 なるべく丁重に低姿勢に、陽菜の案を否定する。

 すると陽菜から意外な言葉が出た。


「親がいなくても立派になれる、そんなグループにしたいのよ」


 不覚にも、俄然うるっと来てしまった。陽菜なりに、深い思いがあったのだ。


「でもそれって、メンバー集める際、枷にならないか?」


 我ながらこの意見は的を射ている。

 要するに、それはメンバーを探す際、俺たちと似た境遇の持ち主を探さなければならないということなのだから。さらに、楽器が弾ける人材を篩いにかけるとなると、気が遠くなりそうだ。


「う、うるさいっ! とにかく、それでいくの!」


 図星を指されて陽菜は声を荒げた。深い考えがあったようだが、あったら視野は狭かったらしい。


「わ、わかったよ……」


 こうムキになられては俺が折れるしかない。スティック折ったり、自分を折ったり、俺って辛い生き物だな。


「しかしまぁ、あれだな。その体でいくなら尚のこと、拓篤にベースやってもらった方がいいと思うんだけど。俺みたいに女装でもして」


 拓篤の女装、想像してみたがちょっと無理があるか……。


「拓篤とは、純粋にバンドやりたいじゃない」


 陽菜も拓篤とのバンドを、忘れていなかったらしい。


「だな」

「ま、那月には、しばらくアイドルに集中してもらうことにはなるでしょうけど」

「……なるほど」

「そういうわけだから、よろしくお願いね、マナちゃん」

「うふふ、任せて」


 言って、ふと窓の外に視線を戻すと、そこには曇り空が広がっており、

 俺の行く末のように、模糊として先が見えない。


  ◇◆◇


 学校が終わると、俺は寄り道せずに帰宅して、今は拓篤の部屋の前にいる。

 陽菜は水木先生に放課後残るように言いつけられているらしく、本当は待っててあげたかったのだが、申し訳ないが先に帰らせてもらった。

 部屋の扉の脇には、畳まれた段ボール箱がいくつか立てかけてある。おそらく屋敷から届いた、拓篤の家具などの残骸だ。

 すでに開梱されているということは、部屋の原状回復はもう済んでいることだろう。

 俺らが学校に行っている間に、終わらせてしまうなんて、いったい何のために大事をとったのかわからない。

 まぁ、壮健な男子が家でじっとしているのも辛かろうし、気持ちは分からないでもない。リハビリも兼ねて良い運動にもなったはずだ。

 そっと耳をすませると、中から懐かしい生活音が聞こえてくる。

 これはシャープペンで字を書くときの、擦過音だろうか。一定のリズムに沿って心地よく俺の耳を擽る。

 それに反して、俺の心臓は少し荒れたように律動をくり返している。

 昨日は結局、ちゃんと二人で話す機会がなかった。

 つまり、俺たちの関係もまた、原状回復しているということになる。

 一週間前の記憶ということは、拓篤と俺との関係がまだ悪いときだ。原状回復というか、悪化だな。


「……」


 けど、大丈夫。

 扉の向こうには、心安くない拓篤の顔があるだろうけど、心配いらない。

 怖いのは、最初だけなのだ。それを乗り越えれば、屋敷で学んだことを励行できる。

 屋敷での教訓を胸に、左手には手作りの親子丼を持ち、右手には数センチの勇気を握って。

 きっと大丈夫。

 太鼓もばちのあたりよう、という諺だってある。

 拓篤と目が合ったら、まず謝罪。これ社会の常識。


「……よし」


 覚悟を決める。

 誰の力を借りることもなく。拓篤の心をそうするように——

 俺は部屋の扉を、ノックした。

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