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バンドルの箱  作者: 篝レオ aka 篝レイ
深山那月編
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三章 メイド・イン・冥土(3)

「というわけで、今日からこのクラスの仲間となる宇佐美だ」


 水木先生の紹介を受けて陽菜は申し訳程度に頭を下げた。ツインテールの髪が空気抵抗を受けて、ぴょんと跳ねた。

 クラスも何もここ保健室なんですけど。


「先生、質問です」

「何かね深山クン」


 水木先生の了承を得て、俺は席を立ち至極もっともな質問をする。


「宇佐美さんはどうして保健室登校なんですか?」


 水木先生への質問という体だが、俺が意識を向けているのは陽菜の表情だった。さきほどとは打って変わって心細げな彼女に、胸が痛くなる。俺も真島さんに保健室登校を質されたとき、あんな表情をしていたのだろうか。

 陽菜は、口元をきゅっと結んで強がりな意地を露わにし、だが目元は、今にも雫が滴りそうだった。何となく想像はついていたが、まんまと図に当たってしまったらしい。


「キミと同じだよ。それとも君がいるから、とでも言ってほしいのか?」


 水木先生が皮肉を交えて説明してくれた。まあ、嫌な質問をしたのは俺なのだから仕方ない。

 そして週末、水木先生が言いかけたのはこの事だったのか。

 宇佐美陽菜は、アイドルグループ「MONoSTARSモノスターズ」の元メンバー、つまり超有名人である。

 もっとも肩書きがそれだけだったなら、陽菜はこんな所にはいないはずだ。

 もし華々しく、真っ当に引退していたのであれば、銀ノ河高校に錦を飾ることができたのかもしれない。そして、大手を振って本来のクラスに溶け込んでいたのだろう。羨望と祝福を一身に受けて、ひとりの女子高生として、あるいは学園のアイドルとして、学校生活を謳歌するのだ。

 だが、実際は違う。

 根拠のない事実スキャンダルによって陽菜のアイドル生命は絶たれ、消えやらぬほむらに心を灰に焼かれる姿は、さながら聖女ジャンヌの火刑がごとく。

 俺と同い年、それも女の子だ。まわりの奴らに悪しざまに罵られて、踏みにじられて、それでも気丈に腐敗した学校生活を耐え忍ぶなど、出来るはずがない。男の俺ですら、無理だったからだ。


「いいえ先生。俺にもようやく仲間ができて、よかったなーって」


 すると水木先生はよく言った、とばかりに頷いた。

 陽菜は水木先生の指示で、俺の向かいの席に座る。事務用の長机は俺一人が使うには長物だった。

 まるで孤独な貴族の食卓のような、そんな侘しさがあった。

 陽菜が机の一角を占めているとそれだけで、窮屈な気分になってしまうのだから不思議だ。これくらいが丁度いいのかもしれない。

 懐かしい光景は、もはや新鮮で、目新しさに視線を泳がせていると、ふと陽菜と目が合った。お互い居心地悪そうに相手の目の奥を探りながら、けど急に恥ずかしくなって二人して目線をそらす。

 そして、俺は勢いに任せて陽菜に話しかけた。


「陽菜、今日の放課後時間ある?」

「ある、けど?」


 面食らったように、間の抜けた返事をする陽菜。


「学校終わったら連れて行きたい所あるんだけど」


 放課後になると校内いたるところが生徒であふれる。昇降口にいたっては飽和状態だ。

 そんな中を陽菜が行けば、きっとまた、嫌な思いをするかも知れない。今朝、虫の居所が悪かったのだって、恐らくそれが原因なのだろう。


「ん、わかった」


 陽菜は素直に聞き入れてくれた。

 水木先生は、手に持った出席簿で自分のデスクをこんこんと軽く叩いて、俺たちに傾注をうながした。


「さて、これからなのだが」


 上を下への身体測定が終わり、学校は通常授業を再開する。

 もっとも、早めに終わった学年はすでに通常授業へと移行していたようで、確かに俺が登校した折には、校庭には授業の様子があった。


「保健室登校の生徒は、ここの清掃を行なう」


 やった! 我知らず俺の口から驚嘆の声が漏れる。

 並の生徒は掃除なんて嫌がるし、ましてや他の生徒のしわ寄せなどいい面の皮なのだが俺は違う。


「おや、やる気満々だな深山クン」


 水木先生が感心した。

 別に褒められたものではない。国社数理英はもとより、ほぼすべての教科を嫌いとする俺は授業をサボれるなら、嬉々として掃除に取り組むというだけの単純な消去法であるからして。

 陽菜はどうでもよさそうな顔をしていた。実は勉強苦手なくせに。

 俺たちは、まず長机や椅子など動かせる物をできるだけ廊下に出してしまうことにした。寝台や医療機器などは置き据えのものだから動かせなくても仕方ない。

 窓を全開に開いて、大掃除の端緒をひらく。


「う……重いわね、これ」


 陽菜は椅子ひとつ運ぶだけで苦悶の表情を浮かべていた。山椒みたいに小さな体躯だが悲しいかな、その動作にはぴりりとしたところがない。

 かくいう俺も、長机を一人で運ぶのに難儀していた。


「さきほどの活気はどこへいってしまったのかね?」


 見かねた水木先生が加勢に入ってくれる。たちどころに重心が安定して軽くなった。


「いやぁ。手掛かりがないと人とは、こうも容易く不安定に陥ってしまうのかと、浮き世を達観していたところで」


 などと戯れが言えるくらいには、軽くなっている。

 雑多なものが排された保健室は見ていて気持ちが良い。あとは持ち運びが困難な機器と、四つのベッドだけがその場を占めている。

 ベッドは、一床ごとに間仕切りのカーテンがあり、仕切りの金具が床に直接取り付けてあるため動かすことはできない。それでもシーツや布団を、新しいものに交換したりする作業などはある。

 ――の前に。手早く廊下を雑巾掛けし、終わると廊下の物を、元の位置に戻していく。

 水木先生のデスクを薬品棚のすぐ近くに配置、俺たちの長机はベッドの反対側に並べる。いずれも陽の当たる窓際に。太陽には消毒作用があるらしい。俺のような保健室登校の生徒が、腐らずここまで来れたのは、何だかんだで太陽のお陰かもしれない。太陽の陰、というのもおかしな話だけど。

 長机の傍らにホワイトボードを持ってきて、椅子を次々と机の下に潜らせる。


「疲れた……」


 陽菜が、運んできた椅子にどっかりと座りこんだ。一瞬、おっさんかと思ってしまった。

 こうして元に戻してしまうと掃除前との違いがよくわからなくなってしまうけれど、ちゃんと綺麗になっているのだろう。たぶん。

 床にワックスがけでもすれば違いが顕著に出てくるのだろうが、そこまで手掛けるほどの気力も時間もない。

 あとは汚れたシーツや布団と、なんだかんだで溜まったゴミ袋などを片付けてしまえば大掃除はひとまずの終わりを見る。じゃんけんの公正な取り回しによって俺がシーツや布団の処理、陽菜がゴミの処理をそれぞれ担当することになった。


「なんであたしがゴミなのよ」


 と陽菜は愚図っていたが、かといって逆になっていたならば「なんであたしがこんな重いものを持ってかなきゃなんないのよ」と四の五の言っていたに違いない。さしずめ陽菜は他人に動かされること自体が耐えられないのだ。

 もうすぐ午後の授業が終わり、放課後になる。生徒たちが檻から放たれる前に、俺たちも掃除を終わらせてしまいたい。


「じゃあ、行ってきます」


 俺は十重二十重とえはたえに折り重なったシーツを、両腕に抱えて保健室を出る。嫌々ながら陽菜もそれに続いた。


「気をつけたまえよ」


 後ろから掛かった水木先生の声は、とても呑気なものだった。


「まったく……なんで保健室が四階にあるのよ。これじゃあ怪我したとき大変じゃない!」


 この学校の関係者の殆どが抱くであろう疑問を、陽菜ははばかることなく披瀝した。


「まあ、校長の水木先生への心酔っぷりが窺い知れるよな」

「え、そうなの?」


 俺がその秘密を暴露すると、陽菜はたいそう驚いた。

 水木先生は、校長の声掛かりだ。

 その圧倒的な値遇をもって水木先生は、校内にあって傍若無人をほしいままにしている。校長、さぞかし首ったけなんだろうな。

 水木先生がいかに才器に溢れていたとしても、普通の長ならば泣いて馬謖を斬る。なのに、それどころかあの銀髪まで許しちゃってるし。


「普通、あの銀髪で即クビでしょ」


 と俺が言うと陽菜はちょこんと首を傾げた。


「銀髪? あの先生、綺麗な黒髪だったじゃない」

「え?」


 おいおい、陽菜のやつ重度の色盲なんじゃないか? あの銀髪をどう見たら、黒と認識できんの?

 と、一人で思考に暮れていると、陽菜との分かれ道にさしかかった。一階の階段付近で、陽菜に順路を簡潔に説明する。


「そこを出て、中庭から駐車場に出ればすぐそこに焼却炉があるから」


 すると、陽菜の気遣わしげな表情が返ってきた。思わず守ってあげたくなるような、悲哀に満ちた表情。

 さりとて、俺も他に仕事を任されている身。ここは心を鬼にするべきだろう。


「じゃあがんばって」


 そう言い残し、俺は袂を分かつ。

 心許なげな息づかいを耳にとらえて、後ろを振り返ったが、そこには陽菜はもういなかった。

 胸にちょっとした罪悪感を覚えながら俺は廊下に沿って進んでゆき、目当ての部屋の前で足を止める。荷物をいったん下ろしてから部屋の扉を開き、再び荷物を抱えて入室。

 リネン室は、相も変わらず白すぎるお部屋だった。なんとやら両親のことを思い出す。限りなく無垢な色で、ややもすると虚無的な色。

 ここに来たのはこれで二度目だから、勝手はなんとなく覚えている。まずは持ってきた物を、使用済みと書かれた箱に入れる。ここに入れておけば、定期的に担当者が洗濯に出しておいてくれるらしい。

 そして部屋の奥に積み重ねられた新品を、必要な分だけ持っていく。それだけだ。

 真っさらなシーツを抱きしめながらリネン室を出ると、ちょうどチャイムが鳴った。終業を知らせるものだ。

 陽菜はひとりで大丈夫だろうか、などと考えながら俺は保健室へと急ぐ。

 四階へ向かう階段の途中、いそいそと、弾むように階段を登る陽菜の後ろ姿を発見した。俺の存在を認めると陽菜は足を止めて振り返りスカートの傘をひらりと広げ、その顔はにこやかな笑み浮かべている。


「さっき、知らない子に優しくされたのっ」


 そのにこやかな笑みの所以はそれか。いつになく嬉しそうな陽菜に少しだけ、安心した。


「へぇー、すごいな。俺なんか二年目なのに、まだ誰にも優しくされたことないよ」


 やはり俺とは違う人種なのだ、陽菜は。言ってて悲しくなってくるんですけどね。


「何言ってんの。あたしがいるじゃない」


 と陽菜が言う。慰められているだけのような気もするが、その言葉で心が温かくなったような気がしたのもまた事実だ。これも優しさ、だよな?


「まぁ、そういうことにしておきます……!」


 言って俺は陽菜を追い越すように、一足飛びに階段を駆け上る。前を行く陽菜を追い抜いて、この紅い頬を気どられぬように。

 俺はこんな学校生活にずっと、焦がれていたのかも知れない。

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