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バンドルの箱  作者: 篝レオ aka 篝レイ
深山那月編
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プリ・プロローグ、略してプリプロ

 生憎あいにくの雨だった。

 まだ、昼前だと言うのに空は夕刻のようにほの暗い。

 しの突く雨がひたすらに地面を濡らし続けている。

 道路では行く車が頻りになみ飛沫しぶきを作っており、それはさながら波を従え、海面を走るサーファーのような様相だった。雨雲の真下に位置する、千代田区を歩く人々の表情はどれも険しい。傘を忘れ全身を雨に晒しながら行く人。二人で一つの傘をシェアして、お互い雨ざらしの肩になまじ不快感を覚えたり。傘を差す人々も、時折光る雨空に一抹の不安を隠せないようだった。

 突如空が紫電しでんに瞬くと、道行く人々の平常心に荒波を立てるのは、轟々たる雷霆らいていだ。

 どうやら近くに落ちたらしい。疾雷しつらいに耳をおおうこと及ばなかった人々は、歩みを止めて皆一様に落雷源を見やった。

 きたまる公園に、でんと鎮座する多角形の屋根が特徴的な建物、日本武道館。かつてオリンピックの競技会場にと建設された伝統的建造物だ。現在においては武道のみならずイベントやコンサートなど、多角的な用途を得ている。

 さすがは武道館と言うべきか、外観上は損壊は見られない。屋根の擬宝珠ぎぼしも焦げ一つない。周辺の緑にも火の手は上がらない。通行人の心は次第にいで行き、何事もなかったように各々がその場を去って行った。

 確かに外観上は大事ない。あらゆる武芸者をも飲み込むその威容は、雷神をしてもくにあたわぬのだろう。あくまで外向きは、健在であった。

 だが滂沱ぼうだたる雨音の合間、武道館の中から微かに音が漏れてくる。武道館の笠に護られながら、しかし建物内部は大波のように騒がしかった。


「予備電源は‼︎」

「駄目っすね、あと一時間分の蓄電量も無いです!」


 薄暗い館内では、怒号と弁明が飛び交い、懐中電灯の頼りない光がいくつか行き交っていた。

 本日の武道館のイベント、人気女性アイドル・バンドの初武道館公演を数刻後に控えての、さきほどの落雷による不慮の停電で音響チームは囂々と色めき立っていた。

 音響監督は、苦節十年にしてようやくこの大きなプロジェクトを任される、というここ一番に立っていた。故に今後の仕事にも関わってくる手前、この場の誰よりも大きな声、大きな態度で、原因とその対策を、文字通り暗中模索している。部下も、こんな横柄な監督とともに心中などご免だと言わんばかりに館内を右往左往する。

 だがいずれの対処も虚しく、ステージの復旧には至らない。ステージ上の四人のバンドメンバーの表情にも暗雲がごとく陰が差しはじめた。リハーサル序盤、まだ一曲も打ち合わせを出来ていない。


「ちょっと休憩入りましょうか。バンドさん一旦、捌けてもらってオーケーですよ!」


 この悪い空気に晒しておくのも何だと、音監がそう提案した。


   ◇◆◇


 バンドメンバーが会場を出ると、出迎えるようにひとりの男性が立っていた。二十がらみの勤め人然の男性は、メンバーのひとりに名刺を差し出すと、人懐っこいネチっこい笑みを浮かべる。アポがなければ殴り倒してしかるべきつらがまちだ。


「音楽誌『しゃーぷ♪』編集部から参りました、駒香杉夫こまかすぎおと申します。この度は取材に応じて下さって、ありがとうございます」


 音楽誌『しゃーぷ♪』は、大手出版社の刊行物で、主にアイドルやアニメソングなどの音楽事情を食い物……ではなくテーマに情報を発信している。今日の武道館公演を耳疾みみとく聞きつけ、リハーサルの合間に時間があれば取材をしてもよい、という条件のもとにアポイントメントを獲得。このようにして入り口で待ち構えていたという次第だった。

 そして、折りよく停電復旧まで、一時間は掛かるであろう空白の時間が生まれた。我が意を得たりと駒香の表情が綻ぶのも無理はないことかもしれない。


「バンドのフロントをやっております、宇佐美うさみです」


 慣れた様子で応対するのはこのバンドのリーダーである宇佐美陽菜(ひな)。身長差からか下げ渡されるようにして名刺を受け取り、丁寧に名刺ケースに仕舞った。身長は小さいが、態度のデカさは先ほどの音監以上だと、知る者は少ない。


「さて。早速取材と行きたいところですが、生憎の停電日和ですねぇ」


 駒香がわざとらしく肩をすくめる。その態度は少々腹立つが。

 だが、確かに改まった取材となると、この場所は望ましくなかった。


「ええ。ですので場所を変えましょう。あたしは少し所用がありますので取材には月宮つきみやが参ります」


 亜麻あま色の髪、紺色ジャージの少女が前に進みでると、駒香の表情が目に見えて明るくなった。しゃーぷ♪ 気味になった。


「そうですか、僥倖ぎようこうです」

「え?」


 駒香の明らかに失礼な文句に、陽菜は眉をひそめた。


「あ! いえ、なんでも……」


 陽菜は何となく察した。この男の推しメンがわかった。


「では、刻限は一時間。時間厳守でお願いしますね」


 陽菜はその条件と一名のメンバーを残すと、他二名のメンバーを引き連れて控え室に去っていった。


「行きます?」


 駒香の推しメン、月宮マナが上目遣いで駒香を見上げながら外を指差した。駒香は自らの高身長を、ジャージ姿の推しメンが見られるという記者冥利を誇らしく思った。


「い、行きますぅ」


 駒香の声は、一層しゃーぷ♪ だった。


   ◇◆◇


 千代田区でも有数の洋食店『ミナト』。こじんまりとしながらも開放的な雰囲気の店内に、月宮マナと駒香杉夫の姿はあった。店内奥の席で駒香はブラックコーヒー、マナは店の看板メニューであるオムライスに舌鼓を打っている。駒香の脇には、先ほど店内に入る際に車から一緒に降ろしたフラワースタンドが立っていた。

 取り留めのない雑談を交わしながら食事を進め、食べ終わるといよいよ取材が始まる。食器が下げられるとテーブル上にボイスレコーダーが置かれた。


「まず、初日本武道館公演、おめでとうございます」


 仕事モードか、真面目な様子で言祝ことほぐ駒香。マナも丁寧に礼を返した。

 マナが挙動をすたび、甘い香水と微かな汗の匂いが駒香の鼻孔をくすぐった。

 リハーサルの服装。ジャージ姿であっても野暮ったい感じは一切なく、マナの魅力は外へ外へと溢れ出ていた。特に胸元の大きな膨らみが、ぎゅうっとジャージを押し出している。

 周りを気にしてか変装用の眼鏡をかけているのも、駒香の独占欲を満たす。


「ささやかなお祝いですが、どうぞ」


 ここで駒香から、公演祝いにと花が贈られる。マナはオムライスを食べている最中もずっと、それが気になっていた。

 フラワースタンドの脚はつるをイメージしてか、緩やかな曲線を描いて自立している。ステンレス製の丈夫な作りだ。そしてメインとなる花には、金木犀きんもくせいが、向日葵ひまわりが、ブルーローズが咲きこぼれている。


「メンバーさんそれぞれをイメージして繕わせていただきました」

「わぁ、ありがとうございます」


 他の客にじろじろと見られながら、マナはこんな所で渡さなくても、と思ったが、取材の語りぐさが欲しかったんだろうなとんだ。


「今日は、皆さんのバンド『たまごどん』の初武道館公演を祝いつつ、バンド結成当初を振り返っていけたらなと思ってます。よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」

「まず最初に、メンバー結成のきっかけ、あとバンドを始めて変わったこととかありましたら教えてください」

「はい。きっかけですが。あれは、今日みたいに雷がよく落ちる日のことでしたね」

「そうなんですか。すごい偶然ですね——」


 それを機に、マナは嘘しか言わなくなった。

 そう。マナがバンドを始めて変わったことと言えば、嘘がとても上手くなったことだろう。

 嘘のパズルを上手に組み上げると、月宮マナという女になる。

 マナは、来る質問を嘘で埋めながら今一度、振り返っていた。

 メンバー結成のきっかけ、そして自分のルーツ

 ——深山那月みやまなつきという少年が、月宮マナという少女を名乗り、アイドルバンドを始めたそのきっかけを。

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