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第5話 ラブラドール

「はい。これ。」

 少し寝て目覚めた智哉に手渡す。洗剤の香りがほのかにする着心地が良さそうな服が上下そろってきれいに畳まれている。

「なんですか?これ。」

 裏返してみたり音を確かめてみたり、どうもおかしな行動をとる。

「パジャマよ。私のだから少し小さいかもしれないけど。知らないの?」

「はい…。天界にはこういうものありませんから。」

 本当、どういう生活してきたんだろう。不思議に思いながら「寝る前に着る物よ。」と説明する。

「汗をかいたから着替えた方がいいわ。」

「はい。」

 言うが早いか着替えようとする。ワイシャツのボタンを上から外し始めると、きれいな鎖骨がのぞく。

「ちょ、ちょっと待って!」

「なんでしょう。」

 信じられない。本当に常識という常識を知らない子なのかもしれない。それとも海外育ちが長いとか?

「男と女は着替える時は別の部屋にいないといけないの。分かるかしら。」

「あ、はい。そうなんですね。」

 ここに少しの間とはいえ住まわせることに不安を感じる。人畜無害かもしれないけど違った意味で大丈夫かしら…この子。

「そうだ…。もう少し治ったらお風呂に入った方がいいんだけど…。もしかしてお風呂の入り方も分からないのかしら。」

「お風呂…体のお清めですね?それは毎日やってましたから大丈夫です。」

 良かった…。裸の智哉にお風呂の入り方を教えないといけないのかと…。そんな心配をしていてふと思う。この子なら本当に背中に羽がありそうだわ。と。


「どこで寝たらいいですか?僕ソファで寝ます。」

 完全とは言えなくても体調がよくなってきたようだ。顔色がいい。それでもまだ油断ならない。

「何を言ってるのよ。まだ病人でしょ?私がソファで寝るから大丈夫。」

 部屋を出て行こうとする杏の手を智哉がつかんだ。

「何?どうしたのよ。」

 また上目遣いで見る智哉に可愛らしくて目を細める。

「一人じゃ眠れない…です。」

「子供じゃあるまいし何を言ってるのよ。」

 呆れ顔でため息をついた。

「だって人間界でちゃんと寝るのは初めてで…。」

「分かったわ。寝るまで側にいてあげるから。」

 ううんと首をふる。

「今日だけですから…。」

 また上目遣いで見る智哉が何を求めているのか分からずにいるとボソボソと言った。

「一緒に寝てくれないと眠れません。」

 信じられない言葉に目を丸くする。

「図体ばっかり大きいくせに生まれたてかと思うほどに手がかかるわね。」

「すみません。」

 大の大人の男に甘えられたことがない杏はさすが戸惑う。

 添い寝って…。まぁ大人の男というよりもやっぱりペットにしか見えないな…そう思うとあまり抵抗がない自分に苦笑した。

 長身な二人が寝るにはいささか小さいベッドで背中を合わせて布団に入る。まだ少し肌寒くなる夜には背中から伝わる温かさで心も温かくなる気がして、不思議な気持ちになった。

「天使はそんなに寂しがり屋なの?」

 背中からトクトクトクと心地よい心音が伝わってくる。

「分かりません。杏さんが優しいから余計にいなくなっちゃうのが寂しく感じるんです。今朝の時も…。」

 カーテンからもれる月明かりの中、後ろから不安げな声がする。確かに風邪の時は心細くなる。それにしても大袈裟だ。

「買い物行っただけじゃない。」

 呆れた声を出した。寂しいといっても…それにしても素直過ぎるのよね。一緒に寝て欲しいなんて。

「母が…。少し出かけると言って出ていったっきり…。」

 そうか。トラウマがあったのね。それで余計に…。それにしても私はお母さんの代わりか。

「そう…。私もそうよ。」

「あ、ごめんなさい。そうでした。担当になる方の情報は事前に教えてもらえるので…。すみません。」

 すまなそうに話す声の主が背中の向こう側でどんな表情なのか分らない。でも逆に月明かりだけの部屋の中、表情が分らない、ただ温もりだけ感じる今の状況が杏を素直にさせた。

「そっか。そりゃそうよね。あんたが謝る必要ないわよ。会わせ屋…か…。そうね。運命の人じゃなくてもいいなら会いたい人はいるわね。」

 私もずっと寂しかったな…。珍しくそんな気持ちが心をよぎる。そんな気持ちになるのは今、温もりを感じられるからかもしれない。

「すみません。運命の人、限定で。」

 またすまなそうな声がした。

「フフッ。謝ってばっかり。母は私が小さい頃に病気で亡くなってしまって…。会えたら素敵ね。」

 杏は悲しそうに笑った。


 久しぶりによく眠れて、すっきりと目覚めた杏は狭いベッドのはずなのに…。と隣の大きな男に目をやる。

本当に犬みたい。大きさ的にラブラドールね。

 フフッと笑いながら柔らかいくせ毛を撫でてから、仕事に行く準備を始めた。

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