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第4話 天使の設定は絶対なのね

 トントントンッと心地よい音に目を覚ますと鼻をくすぐるいい匂いに気付く。少しすると杏が顔を出した。

「あ、起きたのね。よく寝てたわ。少しは体調よくなった?今、何か持ってくるわ。」

 確かにだるくてクラクラした感じがなくなっている。それでも体を起こすとめまいがした。長い髪を束ねてエプロンをつけた杏は部屋に来るとおでこに手をあてた。ひやっとした手が心地いい。

「まだダメみたいね。いいわ。寝てなさいよ。ドアの外にあった鞄と資料が入った紙袋はそこに置いておいたわ。」

 鞄とくちゃっとなった紙袋がベッドのわきに置いてあった。それを指さしてから智哉をいたわるような穏やかな声で続ける。

「おかゆなら食べれそう?食べさせてあげるわ。」

 きょとんとしている智哉に、弱ってる人間には優しくできる性格なんだ、他意なんてない。

 そんな言い訳を頭の中で巡らせてから、あぁおにぎりのことかと思い当たって苦笑した。

「大丈夫。おにぎりも買ってあるわ。でも今はまだ食べれないと思うから、こっちを我慢して食べなさい。」

 ほら。と寝かせた智哉にふぅふぅとしてからスプーンを差し出す。戸惑いながら開けた口にそっとおかゆを入れた。

 そもそも世話をされるよりも世話する方がしっくりくる杏は今の状況はちっとも悪いものではなかった。

「お、おいしいです。」

「そう。なら良かったわ。」

 柔らかく笑う杏に智哉は布団に深く入ると目だけを出している。

「どうしたの?まだ食べなきゃ元気になれないわよ。」

「あの…食べたら頭を…撫でてくれませんか?」

 恥ずかしそうにそう言った智哉に目を丸くすると、杏はおかゆをテーブルに置いて優しく頭を撫でた。

「分かったわ。だから食べて。ね?」

 コクンとうなずく智哉にまたおかゆをすくって口に運んだ。


 全部食べ終わると上目遣いで杏を見る智哉が可愛くて、笑いそうになるのをこらえながら頭に手を伸ばす。柔らかい髪が手に触れた。

「すみません。天使がこんなことしてもらって。」

 すまなそうにそう言う智哉にその設定は絶対なのかと苦笑する。もう面倒だからその設定に乗ってあげようと割り切ることにした。

「で、天使だから家に帰らなくていいってこと?」

 杏の質問に真面目に答える。

「天界へは担当したお客様が運命の人を見つけるまでは帰れません。」

 天界って…。設定は重要なのね。まぁいいわ。

「じゃ天界とやらに帰れないとしても人間界でどこか帰らないといけないでしょ?」

「それが…。僕はまだまだ修行が足りないと言いますか…。昔、悪さをしたので何も持たせてもらえなかったというか…。先輩の天使はちゃんと色々と準備されているのですが…。」

 言いにくそうにして言葉を濁す。

「はぁー。つまりは一文無しの宿なしってことね。」

 三十歳の結婚の見込みが薄いお客にはこういう人を担当によこすのね…。

「いいわよ。分かったわ。やってやるわよ。」

 急に杏が気合を入れた声を出した。

「な、何がですか?」

 状況が読めない智哉は話についてこれていないようだ。

「運命の相手。見つけてやろうじゃないの。で、私の運命の相手ってどんな人?」

 天使って言っているくらいだ。紹介できる結婚相手に誰か、すごい人を用意しているのに違いない。この人こそ運命の人です!というぴったりの人を。

「分かりません。」

「…。」

「ですから、わたくしは天使でも、一番、下っ端でして…。もっと先輩の天使は…。」

「以下同文ね。はぁ。」

 めぼしい結婚相手も見繕ってこないで何しに来たんだろう。この人…。

「ため息をつくと幸せが逃げます。」

ボソッとつぶやいた声が耳に届く。

「だぁれのせいで、ため息ついてると思ってるのよ!」

 この子、別次元で生きてるんじゃないか…と疑うほどのコメントに杏の堪忍袋の緒が切れる。

「ひぃ。ごめんなさい。本当の天使は運命の人が誰かをみることができるんです。でも僕にはできないんです。すみません。」

  天使なんて毛頭信じてないわよ…。ただもっと劇的な「そう!こんな人を待ってたの!」と思わず言ってしまうような人を用意でもしてるのかと思っただけ。

 杏はがっかりしてまたため息をつきそうになるのを抑え諦めた声を出す。

「全く…。どっちにしても宿なしの病人を追いだせないわ。治るまではうちにいなさい。うち2Kで二人で住むには狭いけど…。」

 くるっと部屋を見渡すときれいに整理された部屋はそれほど広くはないが二人で住むには十分だった。シンプルで無駄なものがないすっきりとした部屋だった。

「いいんですか?」

「た、だ、し!治るまでよ!」

 嬉しそうな智哉に指を立てて忠告する。

「…はい。」


 心なしかシュンとした智哉はご主人様に怒られた犬のようでなんともおかしかった。

 まだ寝た方がいいというと素直にスースーと寝息を立てた。やはりまだ体調が悪いようだ。寝れば治るかなと汗をかいている額の汗をぬぐってやった。

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