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第19話 柔らかい髪

お詫びになるのか、ついでにもう1話を公開してみました。

「先輩!どうして杏さんと…。」

 知っている声がして、心待ちにしていた声なのに顔が上げられなかった。杏はぐちゃぐちゃな気持ちを整理できないでいた。

 エルは勝手に空いた席に座ると先輩に抗議し始めた。

「言ったじゃないですか、杏さんの近くにいるのは僕の意思だって。」

 抗議するエルの話ぶりだと、この話を先輩としたことがあるようだった。

「じゃどうして側にいるか杏様にここで教えてさしあげて。」

 それは…。言葉を濁すエルに先輩と呼ばれた男がニヤリと笑った気がした。背すじがゾッとする。というか今にも蹴り倒したかった。

 それなのに、私はこれで…と席を立てばいいのに体が固まったように動けなかった。

 エルは杏を気にするようにチラッと見てから話し始めた。

「僕は…その…杏さんが運命の人を見つけるために側にいます。」

 分かってる。…でもただ改めてエルの口から聞きたくなかった。昨日も言われて、へこんだばかりなのに。先輩って呼ばれるこの人はなんなのよ。

 エルの言葉を聞いて満足そうな顔をした先輩は「じゃ仕事を早急に進めるように。」と言い残して帰っていった。

 残された二人はしばらく無言のままでいると先に口を開いたのは杏だった。

「どうして来たのよ。エ…あんたが来なきゃ一発くらい引っ叩いてやったのに。」

 え?と驚いた顔をしたあとにアハハハハッとお腹を抱えて笑い出した。

「何よ。引っ叩いて良かったの?あんたの先輩でしょ?」

 涙目になっているエルはくくっと笑いを噛みつぶすと「さすが杏さん。」とだけ言ってまた笑った。

 ハハッ、あ~おっかしかった。と一通り笑い終えると笑い過ぎて出た涙を拭いた。

「あの先輩。こわいって有名で。こわいから先輩から早く離れたくて、お客様はすぐに運命の人を見つけるんだそうですよ。」

「そりゃあいつが担当だったら私だって死に物狂いで見つけるわ。」

 ハハッとまた笑ったあとに、かしこまって静かな声で言った。

「すみません。こっちのゴタゴタのせいで嫌な気持ちにさせちゃって。」

 すまなそうにしているエルに可哀想な気持ちになった。別にエルが悪いわけじゃないのは杏だって分かっていた。

「そんなこと…。じゃ少し頭を貸してくれない?」

 え?と思う間もなく杏はエルの頭を撫でた。柔らかい髪が手に触れた。

 ここが外だと忘れてるわけじゃないし、これじゃバカップルみたいで、さらし者なんだけど…でも杏はエルの髪に触れたかった。

「きっとやり方が違うのよ。」

「え?」

 優しく頭を撫でながら言った杏の言葉にエルはなんのことか分からずに聞き返した。

「あの先輩は冷酷に仕事を進めるかもしれないけど、エルは丁寧に私の傷を癒して、前を向けるようにしてくれてる。本当よ。」

 優しい声がエルにかけられた。撫でる手も優しく甘やかすような撫で方だった。

「さぁ。仕事に行かなくっちゃ。お昼一緒に食べれなくてごめん。髪ありがとう。柔らかくて癒されるいい髪よね。」

 フフッと笑って杏は去っていった。

 エルはまた、え…とつぶやくとボケっと杏が去っていくのを見つめる。

 僕が助けたつもりで僕が慰められるなんて。とテーブルに顔を突っ伏した。そして先輩の忠告を思い出す。「お前じゃ幸せにできない。分かってるだろ?お互いのためなんだ。」そんな言葉を。


 一方、杏は怒りながら歩いていた。分かってる。忠告されなくても分かってる。エルは仕事で、私はそれ以上を求めちゃダメだって。


  最近のくせでつい早く仕事を終わらせてしまう杏は必要以上に仕事に励んでいた。五時になっても帰ろうとしない杏に美優が声をかけた。

「杏さん帰らなくて大丈夫ですか?」

「えぇ。美優ちゃんお疲れ様。」

 微笑むこともなく、そう言った杏に、あちゃー。元通りかぁ。と心配そうな視線を送る。

 見た目や表面的にはクールな杏でも、本当は優しいこともずっと前から知っていたし、それで良かったのだけど…。

 あのイケメンくんとうまくいけば杏さん幸せそうなのになぁ。

 春人が杏のことを気にしてるとか、そういうことは置いといても、杏をあそこまで変えられる人はいないだろう。純粋に美優は杏に幸せになってもらいたかった。

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