ねこのひっこし。
冬の寒い朝に高速道路を走る車の中で揺られながら、私は置き去りにしてきた猫のことを考えていました。
その子たちは私が飼っていた猫ではありません。
母の妹、叔母にあたる人を私は姉さんと呼んでいます。
姉さんは昔から猫に好かれる人で、猫とお話が出来るということをよく聞かされていました。
小さな村の小さな家に姉さんはお婆ちゃんと一緒に住んでいました。
その家は私の家からも車でならすぐ行ける距離にありました。
家に遊びに行くと、野良猫とは違う不思議な目をした猫たちがいつもいました。
その目は動物の目というよりは生きた人のそれに近いような眼差しで私を見ていました。
家は決して清潔といえる環境ではなく、そこがまるで大きな猫のすみかのようにそこらじゅうに猫がいる証拠で溢れていました。
私はあまりその子たちと触れ合う機会はなく、近づいても逃げない子というのは少し太ったおっとりとした灰色の毛の子と、綺麗にしてあげれば白い毛並みが美しいはずの子の二匹だけでした。
「姉さん、ここにはいろんな猫がいるね。何匹くらい住んでるの?」
と私が尋ねると、飼っているわけではなく野良猫が自然と集まってきただけだと言っていました。
覚えているだけで10匹以上の子が出入りしてるとも言っていました。
姉さんは猫と一緒に生きているような人で、猫と人と半分ずつの命を生きているように私には見えました。
ある日、姉さんは引っ越すことになりました。
理由は幼かった私にはよくわかりませんでしたが、姉さんは引っ越すことになりました。
私とお母さんとお父さんは引越しのお手伝いをすることになり、姉さんの家に車で向かいました。
「姉さん、猫ちゃんたちはどうするの?」
私は悲しそうな姉さんに聞きました。
「みんな、みんな連れて行きたいの。」
姉さんは泣きながら言いました。
お母さんは引越しの荷物だけでなく、10匹以上もいる猫たちを一緒に連れて行くのは無理だと怒っていました。
私はその時、お母さんはなんてひどいことを言うのだろうと思いました。
「猫たちを見捨てるなんて、ひどいよ!!」
私まで悲しくなって、思わずお母さんに怒鳴ってしまいました。
「可愛いからそばに置いておきたいなんて勝手な人の都合でこの子たちを今まで置いてきた姉さんが悪いの。お母さんはね、自分が可愛がれる子だけにしときなさいってずっと言ってきたの。ここでお別れしないといけないの。」
「野良猫の方から勝手に集まってくるって言っても、あなたたちの面倒を見てあげられないって断れなかった姉さんが悪いの。」
姉さんはもっとたくさん悲しそうに泣いていました。
私も泣きました。
やっぱり、猫たちとはお別れしないと引越しが出来ないと決まりました。
保健所というところに連絡すると、新しい飼い主さんが探してもらえる場合もあるけれど大抵は殺されちゃうんだとお母さんは言いました。
「かわいそうだけど、元々は野良猫だった子たちばかりだから。お外に返してあげようね。」
猫たちは、引越しの荷物にはなりませんでした。
冬の寒い朝に高速道路を走る車の中で揺られながら、私は置き去りにしてきた猫のことを考えていました。
荷物をまとめて見れば、ほとんどは猫が汚してしまったものばかりで捨ててしまうしかないようなものばかりで運ぶものは少なかったのです。
それでも、引越しの荷物を積んだ車の中はあの小さな村の小さな家の中に入った時と同じ、野良猫とは違う不思議な目をした猫たちの匂いがしていました。
私はあの村の広い公園でさようならしてきた猫のことを考えると、悲しさで押しつぶされそうな気持ちになっていました。
出発前に、引越しのお手伝いのご褒美にとお父さんとお母さんが買ってくれたゲームに夢中になることが今の私に出来ることだと思ったのです。
そのゲームの内容は、いろいろな動物を捕まえて育てるゲームでした。
引越しが終わって落ち着いてから私は、おばあちゃんの家に遊びに行きました。
姉さんがいなくなっても、おばあちゃんの家には猫がいました。
少し太ったおっとりとした灰色の毛の子と、綺麗にしてあげれば白い毛並みが美しいはずの子の二匹がいました。
私はその二匹の頭を撫でているうちに、公園でさようならした猫たちに会いたくなり外へ駆け出しました。
まだ春は遠くて夏にはセミがたくさんとまってみんみん、と鳴くはずの木々も寂しそうな姿のままでいる公園で私は
からだが冷たくなったその子達と再会できたのです。
姉さんの新しい家にも猫が居ます。
姉さんの家に遊びに行くと、野良猫とは違う不思議な目をした猫たちがいつもいました。
その目は動物の目というよりは生きた人のそれに近いような眼差しで私を見ていました。