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マントノン家の剣術全国大会中学生の部は、外部からレングストン家のエーレとララメンテ家のコルティナの、二人の令嬢が参加していた事もあって、大いに盛り上がりを見せていた。
しかし穏やかな微笑みを浮かべて主催者席から試合を見守るだけの立場となった、マントノン家の女当主シェルシェの胸中を察する者はほとんどいない。
「本来ならシェルシェも出場して、三家の令嬢がここで初めて揃い踏みするはずだったのに、さぞや無念でしょうね」
そんな胸中を察する事の出来る一人であるエーレが、試合の合間にコルティナに話し掛けた。
「シェルシェ、表向きはニコニコしてるけど、どこか寂しそうだよねー。でも」
同じく胸中を察する事の出来るコルティナが、主催者席にいるシェルシェの方を眺めてから、
「あれは、何かと戦おうとしている時の顔だよ。例えて言うなら、壁に開いた穴からネズミが出て来るのを、じっと待ち構えてる猫」
と妙な分析をする。
「相変わらず、よく観察してるわね。流石に私はそこまで分からないわ」
それでも感心するエーレ。
しかし、そもそも名家の立派な屋敷の壁にそんな穴は開いてないし、どこでそんな光景を見たんだコルティナ。
すぐにそのネズミの正体は世間に明らかになるのだが、この段階でマントノン家の裏事情を知る由もない二人はそこで話を打ち切り、次の試合の準備に戻って行く。
次の準決勝戦では、順当に勝ち上がっていたこの二人の令嬢が対決する運びとなっていた。
「令嬢対決は今大会の一つの大きなヤマだよねー。出来れば決勝で戦った方が盛り上がるんだけど」
別れ際にコルティナがそう言うと、
「それだと、大会を主催するマントノン家の立場がないじゃない。ここは一つシェルシェの顔を立てて」
エーレは不敵な笑みを浮かべ、
「決勝戦は、『マントノン家対レングストン家』の形にしておいてあげようじゃないの」
さりげなくララメンテ家をディスっていた。
それを聞いたコルティナは別段怒りもせず、ふわふわとした笑顔でエーレを見詰めている。
興奮して将来の壮大な夢を語る幼稚園児を優しく見守る保育士の様に。




