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「現在、支部長クラスの一部を中心に、離反の動きがある様です」
そう言って、マントノン家の現当主シェルシェは、書斎にいた前々当主の祖父クぺに一枚の紙を見せた。クぺはそこにリストアップされている名前に一通り目を通した後、
「剣士としてそこそこ実力と人気のある者達が、ずらりと名を連ねているな。もし、彼らが結託して一気に出て行ってしまったならば、マントノン家にとって大ダメージとなるだろう」
苦い表情で感想を述べる。
「実力と人気があるからこそ、独立を夢見てしまうのでしょう。マントノン家の剣術道場は、結局の所、同族経営の組織です。どんなに実力と人気があろうとも、マントノン家の人間でなければ、上層に行く事は出来ませんから」
「雇われ道場主より、一流一派のトップか。気持ちは分からんでもない。しかし、その人気もマントノン家という看板あっての事なのだが」
「マントノン家の看板がありとなしでは、集められる道場生の数がケタ違いですからね。その分看板使用料は高いですが、それだけの価値はあるはずです」
「そんなリスクを冒してまで、あえて独立に踏み切るか。武芸ブームの余熱が冷めぬ内に、と焦っているのかもしれんな」
「それに加えて、お父様のスキャンダルの件もあります。真相はどうあれ、事情をよく知らない世間一般から見れば、今回の当主交代の騒動はマントノン家の評価を下げるものでしたから。独立のいい大義名分になると踏んだのでしょう」
「『こんないい加減な組織にいられるか、俺は一人でも出て行く』、か」
「ふふふ、明らかに死亡フラグですね」
「評価が下がった今こそ、皆で一致団結して名誉を回復せねばならん時に、恩知らずなものだ。で、お前はどうするつもりだ?」
「どうもしません。『出て行きたければ、ご自由にどうぞ』、です」
シェルシェは妖しく微笑んで、
「むしろこちらで始末する手間が省けました」
とあっさり答えたので、おじいちゃまはちょっとゾッとした。
最近、ウチの孫娘がどんどん怖くなって行く。