◆93◆
「レングストン家とララメンテ家は、マントノン家にとって良きライバルであっても、殲滅すべき敵ではありません」
シェルシェは防護マスクを取って、ミノンに訓示を垂れた。
「こうして、三家それぞれの選手がお互いの大会に出向くのは、他流派の強者達と存分に剣を交える事の出来る得難い機会である、という武芸者としての基本は忘れない様にしなさい。
「商売的な見地から言っても、三家が競い合う事で世間の注目が集まり、結果的に道場生の増加へとつながるのです。また道場に入門しなくとも、剣術を『見て楽しむ』層が増えれば、大会その他のイベントによる興業収入をもたらす様になる事も無視出来ません。
「これから、内戦後の不安の中から生まれたエディリアの武芸ブームもどんどん下火になっていき、剣術界のみならず武芸界全体が大きな打撃を受ける事でしょう。この危機に対処する為には、レングストン家とララメンテ家、その他規模の小さな諸流派とも連携していく事が必要なのです。分かりますか、ミノン?」
「はい。シェルシェお姉様」
防護マスクを取って、真面目な表情になり、改まった口調で姉に返答するミノン。
シェルシェは優しく微笑んで、
「その様子だと、あまり分かっていませんね」
と、喝破した。ミノンが妙にかしこまる時は、思考があまりよく働いていない証拠だ。姉だけあって、妹の事はよく分かっている。
「いや、理屈では何となく分かる。分かってはいるんだけど、実際に戦う側としては、そんな大人の事情なんか一々考えている余裕なんかないし」
ミノンが頭をかきながら、難しい算数の問題を解くように言われた子供の様な困り顔になって抗議する。実際まだ子供なのだが。
「まあ、いいでしょう。今はただ、当主として不自由な身となってしまった私の代わりに、剣の道にひたすら精進しておきなさい」
シェルシェは妖しく微笑んで、
「当主には当主の戦いがあります。殲滅すべき敵は、外部より内部に――」
何やら不穏な事を企んでいる様子だったが、ミノンにはそれが何の事かさっぱり分からなかった。




