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「情けない事は言いっこなしです。あなたには私の分まで頑張ってもらわないと」
マントノン家の当主に就任して、昨年の様に軽々しく大会に参加出来なくなってしまったシェルシェの言葉には、どこか寂しげな響きがあった。
剣士としていきなり三冠達成という華々しいスタートを切り、これからという時に、その道を諦めざるを得なくなった姉の胸中を慮ったのか、
「もちろん。とにかく暴れるだけは暴れてやるつもりだ」
励ます様に、ミノンが威勢よく吼える。実はあまり慮れてないかもしれない。
「暴れるだけでなく、ちゃんと考えて戦いなさい」
何度言っても聞かないやんちゃ坊主に、辛抱強く言って聞かせようとする母親状態のシェルシェ。
「努力はしてみる。けどいざ試合になれば、考えの及ばない事だらけで無我夢中にやるしかない」
「巧妙に仕掛けられた罠に嵌められて倒される、考えなしの巨大怪獣の哀れな姿が、今から目に見える様ですね」
「はっはっは、シェルシェまで私を怪獣扱いか」
「今突っ込むべきなのは、そこじゃありませんよ」
「シェルシェは去年、『不死身で無敵の殺人鬼』、って言われてたっけ」
「コルティナが一人でそう言っていただけです。ふわふわしている様に見えて、案外鋭い所を突く子ですから、ララメンテ家の選手と戦う時は気を付けなさい。コルティナは直接戦わなくとも、何か選手に入れ知恵して来るでしょう」
「レングストン家は? 大会に出た上位陣とやりあった限りだと、それ程苦にはならなかったが」
「自分より大きな相手と戦う事にかけては百戦錬磨のエーレがバックについていますから、今回勝利したからと言って相手を侮っていると、足下をすくわれますよ」
「指導役にコルティナとエーレか。こっちはシェルシェにこうして指導を受けているし、今回の小学生の部の大会は、去年戦った三家令嬢の代理戦争の様相を帯びて来たな」
「ふふふ、あなたにしては、なかなか穿った事を言いますね、ミノン」
「もしくは、ボールの中の怪獣を出し入れして戦わせる育成ゲーム」
「光を点滅させて相手を倒すつもり?」
そのゲームをやった事がないシェルシェは、色々誤解している。




