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今回マントノン家の全国大会で優勝したミノンについては、昨年のシェルシェの場合とは異なり、「マントノン家の次女が優勝する様に仕組まれた茶番だ」、などという中傷誹謗の類はほとんど聞かれなかった。
どちらかと言うと、「いくらなんでもあの体格は反則だろう」、とか、「実は五歳位年齢詐称してるんじゃないか」、などという、「子供の中に大人が一人」的なでかい図体をネタにされている事の方が多い。
今、マントノン家の屋敷の敷地内にある稽古場の中央で、防具を着用して剣を持ったミノンとシェルシェが向き合って話をしているが、ミノンの方がシェルシェより頭一つ以上大きく、知らない人が見たらどちらが姉でどちらが妹か間違いそうである。
「レングストン家もララメンテ家も、二年連続でマントノン家の令嬢に優勝をさらわれたとあっては、流石に剣術の名門の面目丸潰れです。当然それぞれの自家の大会では、あなたを全力で潰しに掛かって来る事でしょう」
防護マスクの下で、不敵かつ妖しい笑みを浮かべながら、シェルシェが言う。
「最高のシチュエーションだな。腕が鳴りまくる」
防護マスクの下で、無邪気な笑顔のミノンが、遊びたくてしょうがない子供の様に答える。
「今大会では、両家共こちらの戦力の分析に集中していた様子です。向こうへ乗り込む時は、その分析を元に対策が練られて、今回より格段に手強くなっているものと心得なさい」
「覚悟は出来てる。一体どんな風に手強くなってくれるのか、正直楽しみだ」
「大体予想は付きます。大きい相手が小さい相手に対して苦手とする、身長差を逆手に取った戦法に特化して来る事は間違いないでしょう」
「こっちだってその位の事は分かりきってる。そう理屈通りにはいかせない」
「ふふふ、頼もしいですね。では、ちょっと試してみましょうか。これから私は、あなたの胴しか打ちません。低い態勢から狙い易い部位の一つですからね。この条件の下で、稽古しましょう」
「よし来た」
二人は互いに礼の後、三メートル程離れた状態で各々剣を中段に構えて対峙し、ミノンが微かに剣を振り上げた瞬間には、もうシェルシェは飛び込んで相手の右胴へ剣を打ち込んでいた。
「胴しか狙わないと言ったでしょう?」
「くっ、まだまだ!」
ミノンが振り下ろす剣を頭上で受け止めて、そのまま流れる様に右胴に打ち込まれるシェルシェの剣。
「どうしました、ミノン?」
「ええい、これなら!」
激しく打ちかかるミノンの攻撃を全て受け止めてから、最後にあっさりシェルシェは右胴に一本決める。
その後も打たれる部位を予告されているにも拘わらず、ミノンはシェルシェの攻撃を防ぐ事が出来ずに、何度も何度も胴を打たれ続け、一本も取る事が出来なかった。
「もう少し考えて戦いなさい、ミノン。本番では、相手は予告してくれる程親切ではありませんよ?」
二つ下とは言え、全国大会の優勝者を手玉に取った後で、シェルシェが淡々と言う。
「シェルシェに匹敵する相手と戦う事になったら、何をどう考えたって無駄だ」
激しく息を切らしながら、ミノンは言い返した。




