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結婚させて家庭を持たせれば、変わるかもしれない。
クぺはボンクラ息子スピエレに、性懲りもなくそんな期待を抱いてみた。
親の悲しさで、どうしても我が子を脱ボンクラさせる事を、諦めきれないのである。
結婚を機に劇的に成長する男が多いのは事実である。その逆もまた然りなのだが、あえてそこには目を瞑るクぺ。
一応、結婚を考えている女性はいないのか、とスピエレに尋ねてみたが、
「いませんが、それが何か」
と、呑気な答えが返って来たので、クぺは早速付き合いのある名家に、適齢期の娘がいないかどうかを打診し、何人かの候補をリストアップする。
「よりすぐりの才媛揃いだ。誰を選んでも構わん」
クぺは写真の付いた履歴書の束を、きょとんとした表情のスピエレに渡した。
それらの書類を、レストランでメニューに目を通す様に、パラパラと読んで行く息子を、改めて頭のてっぺんからつま先まで見てみれば、親の欲目を差し引いてもそんなに悪くない男である。その気になれば、若い女の一人や二人引っ掛けられるだろうに、今までスピエレにはそんな浮ついた噂一つ聞いた事がない。玉の輿狙いさえ寄って来ないのだから、かなり徹底している。
結局の所、凡庸オーラを発散している男は、女にモテないのだ。まだ、クズ男オーラ、ダメ男オーラの方が需要があるかもしれない。
それが、世間一般の男達がいくら望んでも手が届かない名家の美人令嬢を、こうして易々と手に入れられるのだから、やはりマントノン家の当主の肩書きは相当なものなのである。
「では、この人と結婚します」
スピエレが選んだのは、やや茶褐色の強い光沢のある小麦色の長い金髪を頭の後ろで束ねた、細面の美女だった。
「貿易商のドゥマン家の三女ユティルか。よかろう、早速会食の場を設けてやる。参考までに聞いておくが、この娘のどこが気に入った?」
「芯が強そうな所です。これならウチの親戚や役員からの嫌がらせにも、耐えられそうな感じがしました」
「そこは、『妻がどんな嫌がらせを受けようとも、私が身を呈して守ります』位の事を言えないのか、お前は」
呆れつつ、この息子のあまりのボンクラ振りに、先方から断られるのではないか、と心配になって来たクぺ。
しかしその後、縁談はトントン拍子にまとまり、スピエレ・マントノンとユティル・ドゥマンは、無事結婚までこぎつけたのであった。