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その後、シェルシェはまだ十三歳の女の子であるにも拘わらず、マントノン家の新当主として役員と親族から承認され、それに引き続いてすぐに、晴れて夫婦となった前当主スピエレと元侍女ビーネの結婚式も、マントノン家の屋敷内の大広間で、ごく身内のみによってささやかに執り行われた。
この様な内輪の形となったのは、前妻ユティルの死からまだ半年も経っておらず、事情を知らない外部の者からすれば、倫理的な問題がある様に誤解されかねない状況を考慮し、ビーネとその両親とも事前に協議して納得してもらった結果である。
ささやかとは言っても、マントノン家にしてはささやかという意味であり、一般庶民の感覚からすれば恐ろしく贅をこらした豪華な式であった事は間違いない。
車一台が軽く買える程のウェディングドレスに身を包んだビーネは、恐縮しきった様子で、
「結婚を認めてくださっただけでなく、一介の使用人だった私にここまでして頂いて、本当に感謝の言葉もありません、シェルシェお嬢様」
と、シェルシェに礼を述べた。
「ふふふ、もう『お嬢様』はやめてください、お義母様。ただの『シェルシェ』で結構です」
シェルシェは微笑んで、「お義母様」にフレンドリーな態度を要求したが、ついこの間まで主従の関係にあったものを、いきなり修正するのは難しい様子のビーネ。
強要されたフレンドリーは、決してフレンドリーではない。
それにシェルシェは義理の娘と言っても、十九歳のビーネと六歳しか違わない。娘と言うより妹に近い年齢差であり、「お義母様」と言われても、実感が湧かないのも無理はない。
少なくとも、自分に要求されている役割は「母親」ではなく、
「くれぐれもお父様の事をよろしくお願いします。お義母様が側にいてくださったからこそ、お父様はようやくここまで立ち直れる事が出来たのですから」
妻に先立たれ、精神的に参ってしまったスピエレの介護役としての方が大きい事は、よく分かっていた。
「奥様を失くされた悲しみは、私がどんなに頑張ったとしても、完全に癒える事はないでしょう。私に出来るのは、その悲しみに完全に沈んでしまわれない様に、微力ながらお支えする事だけです」
そんなビーネに、シェルシェは微笑んだまま、
「ふふふ、その微力こそが何よりも頼もしい力です。それと、当面はお体に十分お気を付けください。元気な赤ちゃんが産まれる様、心から祈っています」
と言い含める。
「ありがとうございます」
お腹に手をやりながら、そう答えたものの、
「もし、それが当主の座を脅かす可能性のある男の子であったなら、シェルシェお嬢様は、今と同様に微笑んでくださるだろうか」
そんな不安が心をよぎるビーネ。
式が無事終わり、新婦の体調を考慮して国内の近場で新婚旅行を済ませ、山間部にあるマントノン家の別荘の一つに新居を構える事になったスピエレとビーネは、そこで幸福な新婚生活を送っていたが、やがてビーネの心配が現実のものとなる日がやって来た。
エコー検査の結果、お腹の中にいるのが男の子である、と判明したのである。




