◆82◆
「前に進めなくなってしまった人にありがちな事ですが、お父様は思い出の中に逃げてしまいました」
割と容赦なく父スピエレを批評するシェルシェ。
「お母様が生きていらした頃のままにしてある部屋に一人閉じこもり、お母様の写真や遺品を手に取って眺め、かつて共に過ごした幸福な時間を思い出す事で、悲しい現実から目を逸らし続けたのです」
「おお……」
「まあ……」
それを聞いて、思わず声を上げる祖父リッシュと祖母ポリ。葬儀の後、自分達も亡き娘ユティルの写真や遺品を引っ張り出して似た様な事をやっていたので、スピエレの辛さ切なさは痛い程に実感出来たのである。
「そんなお父様を、周囲も、致し方ない、とそっとしておいたのですが、それが何日も続くと、流石に心配になり、説得役として侍女のビーネに白羽の矢が立ちました。お母様に最期まで献身的に尽くしてくれたビーネの言う事なら、お父様も少しは聞き入れてくれるのではないか、という期待を込めて」
「ふむ、二人の仲は、そこから始まったのか」
リッシュの怒りが少し和らぐ。
「はい。もちろん、それまでお父様とビーネの間には、何のやましい関係もありません。二人はそれぞれ別々に、お母様へ愛情を注いでいただけです」
「なるほど。誤解してすまなかった。しかし、そういう事情があるとは言え、二人の仲が進展するのが、少し早過ぎはしないか。ユティルへの愛情は、そんなにも早く冷めてしまうものだったのか」
「いいえ、おじい様。これからもお父様はお母様を忘れられず、一生愛し続けるでしょう。そしてお母様を愛している限り、他の女性との再婚など普通なら考えられません」
「ならば、何故」
「でも、ここにただ一人例外がいるのです。亡きお母様を愛し続けるお父様を、そのまま愛する事の出来る女性が。しかも生前のお母様を愛し、最期まで全身全霊を以て仕え、その死後もずっと愛し続けるに違いない女性です。生涯の伴侶としてお父様を支える事が出来るのは、彼女しかいません。むしろ、この二人をこんなにも早く結び付けたのは、お母様のお導きだったと言ってもいいでしょう」
複雑な表情のリッシュに、シェルシェは少し憂いを帯びた笑みを浮かべ、
「お父様が、お母様を蔑ろにした訳では決してありません。ビーネにしても、お母様への献身振りを思えば、親族としては感謝こそすれ、非難などは以ての他です。論より証拠。ここに、お母様が亡くなる少し前の様子を収めた映像を持参致しました。どうかその目でお確かめください」
バッグの中から一枚のDVDを取り出すと、有無を言わさず、それを応接間にあるDVDレコーダーに挿入してリモコンを操作し、レコーダーと繋がっている大型液晶テレビで再生を始めた。
その画面には、今はもうこの世にいないユティルが、笑顔で家族と話している様子が映し出されている。
「ふふふ、あなた達とこうして一緒の時間を過ごす事が、何よりの幸せです」
そんな娘の言葉に、リッシュとポリは思わず泣き崩れた。
「おお……ユティル……」
特にリッシュの動揺は激しく、全身を震わせてとめどなく涙を流しながら断続的にしゃくり上げ、ポリが横から支えなければ、ソファーから前のめりに倒れて床に突っ伏してしまうのではないかと思われた。
「この後、ビーネも出て来ます。お母様の表情から、この二人が強い主従の絆で結ばれている事は明白です」
そんな祖父母に、ある意味情け容赦なく動画を見せ続けるシェルシェ。