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亡き母ユティルの実家であるドゥマン家の屋敷を訪れたシェルシェは、祖父リッシュと祖母ポリから非常な歓待を受けたが、
「しかし、お前の父親は全く以て言語道断だ。ユティルが死んでまだ日も浅いのに、よりによって侍女と結婚などとは」
茶褐色の強い光沢のある小麦色の金髪と金口髭を生やした、さながら顔面小麦畑の様な趣のあるリッシュは、厳しい口調でシェルシェの父スピエレについては非難した。
孫娘には甘いが、娘婿に厳しいのはどこの祖父も同じである。血は水より濃いのだ。
「おじい様は何か誤解をしていらっしゃいます。もしやお父様が、お母様の生前から侍女と不倫関係にあったのではないか、と疑われているのではないでしょうか」
淡々とした口調で、祖父に応じるシェルシェ。
「疑われても仕方ないではないか。まるで、ユティルの死を、待っていたか、の様に」
そこで怒りと悲しみが入り混じった凄まじい表情になって、言葉を詰まらせるリッシュ。
脳内で娘婿の脳天に斧を叩きこむ位の事はしていそうだ。
「それは違います、おじい様。お父様はお母様が一日でも長生きしてくださる事を、心の底から願っていました。最期までお母様の側で仕えていた侍女のビーネも同じです。身を粉にして一生懸命お母様のお世話をしていたのは、深い主従の絆で結ばれていたからに他なりません」
シェルシェが微笑みを浮かべつつ、穏やかな口調でリッシュに反論する。
「では、何故そんなにもユティルの事を大切に想っていた二人が、ユティルを裏切りその名誉を汚す様な真似をするのだ。これでは、ユティルがあまりにも可哀想ではないか」
「そんなにもお母様の事を大切に想っていた二人だからこそ、お母様の突然の死に耐えきれない程のショックを受けたのです。特にお父様の悲しみが尋常でなかった事は、おじい様も葬儀の時御覧になったはずです」
「覚えておらん。ワシはユティルの棺を前にして、そんな余裕はなかった」
「あなたは、かろうじて泣くのを堪えているだけで精一杯でしたからね。私は覚えていますよ、シェルシェ。確かにスピエレさんは、まるで重病人の様でした」
横からポリが横から口を挟む。暴走気味の祖父に比べ、祖母の方は幾分冷静らしい。
「実際、重病人になってしまってもおかしくない状態でした。日に日に生気がなくなって、当主としての務めがどうとかいうレベルでなく、日常生活を無事送れるかどうかという所まで来ていたのです」
「いっそ、そのまま――」
そのまま息絶えてしまえばよかったものを、と言い掛けて、流石にそれは不謹慎だと判断したポリの無言の鋭い肘鉄を脇腹に食らうリッシュ。
「話を続けてちょうだい、シェルシェ。それからどうなったのです?」
激痛に悶えるリッシュを無視して、ポリは孫娘に優しい口調で続きを促した。