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「お父様とビーネには、おじい様を恨む事のない様、よく納得して頂きました。ですから、おじい様も今回の件に関してはこれですっぱりと終わりにして、後々に引きずるの事ない様、どうかお願いします」
父スピエレへの報告と説教を終え、再び書斎に戻って来たシェルシェは、祖父クぺに、「双方遺恨なしの手打ち」を進言した。もちろん手打ちに応じなければ、応じるまで祖父をどこか山奥の別荘に監禁する位の事はやりかねないと思われる。
「分かった。今回の件は私も反省すべき点がある。向こうが許してくれるというのであれば、こちらからも詫びた上で、後はただ二人の幸せを祈るとしよう」
複雑な表情で、ため息をつくクぺ。その脳裏に別荘の一室で猿轡を咬まされて椅子にロープで縛りつけられている自分の姿が浮かんだかどうかは、定かではない。
「それを聞いて安心しました。当主の引き継ぎを済ませたら、お父様達にはこの屋敷を出て、山奥の別荘で暮らして頂く予定なので」
「今度は父親を監禁するつもりか。一体、スピエレが何をやらかしたのだ?」
驚いて問うクぺに、シェルシェは微笑んで、
「ふふふ、人をギャングの様に言わないでください、おじい様。監禁ではなく配慮です。お母様が亡くなってすぐに、お父様が侍女と再婚するとあれば、事情はどうあれ世間の噂となり、時には心ない誹謗中傷を受ける事もありましょう。昔からその様な誹謗中傷に慣れているお父様はともかく、デリケートな時期の妊婦であるビーネに余計なストレスを与えるのは好ましくありません。そこで、俗世から離れた閑静な場所で平穏無事に暮らして頂こう、という訳です」
「そうか、ならば構わない。もちろんそれまでには、二人との和解を済ませておく」
「ありがとうございます。わだかまりを残したまま引っ越しでは、後味が悪過ぎますから」
「しかし確かに、事情をよく知らない者からすれば、スピエレは悪者扱いだろうな。一番心配なのは、ユティルの実家、とりわけ父親のリッシュ・ドゥマンだ。娘の死を待って再婚したかの様に、変な邪推をされなければよいのだが」
このクぺの悪い予感は的中し、数日後、スピエレの再婚の話を聞いたリッシュは、
「ユティルが死んで一年も経たない内に、その侍女を孕ませて再婚とは何事か!」
と、手の付けられない程怒り狂ってしまう。
「電話越しに、えらい剣幕で怒鳴られてしまったよ。『お前の所のボンクラ息子に嫁にやったのが間違いだった!』、とか。まるでこちらの聞く耳をもたぬ」
クぺがげんなりとした表情で、シェルシェに言う。
「では、私が誤解を解きに行って参ります」
シェルシェは妖しく微笑んで、祖父にそう宣言した。
クぺの脳裏に別荘に監禁されるリッシュの姿が浮かんだかどうかは、定かではない。