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名家における跡継ぎ問題は、早い内にはっきりさせておかないと、一族郎党を巻き込む争いに発展しかねない。
そう考えたクぺは、自分がまだ元気な内に、当主の座をさっさと長男のスピエレに譲る事にした。
「それに、当主の座に据えてしまえば、それなりに自覚が芽生えて、あのボンクラも今より少しはマシになるかもしれない」
結論から言うと、スピエレは少しもマシにならず、相変わらずボンクラなままだった。人はそう簡単に変われるものではない。
以後、親戚や役員一同、スピエレを「ボンクラ当主」とあからさまに侮り、マントノン家の運営は、当主以外の発言力が強くなって行く。
「こんな逆風が吹き荒れる中で、当主になったばかりの自分が無理に我を通そうとしても、混乱を招くだけだ。今は皆が決めた事に、大人しく追従していくしかない」
スピエレのそんな後向きな態度に、ますます周囲は付け上がり、マントノン家の中でも心ある者達は、
「先代が当主の座をボンクラに譲らなければ、こんな情けない事態にはならなかったのに」
と、切歯扼腕の思いであった。
しかし、引退したクぺは、
「存外、スピエレは賢いかもしれぬ。経験も碌にない癖に、当主になった事に舞い上がり、『俺の言う事が絶対だ』、と我を通せば、余計な反感を招く事は必定。最初の内は、ぼうっとした振りをして、何事も『よきにはからえ』と、丸投げしつつ、誰がどの様な人間なのかをつぶさに観察する時期に当て、いつか主導権を取り戻す日の為にじっと雌伏を決め込んでいるならば、これは非常に上手い戦略だ」
と、少し我が子を見直し、その真意を確かめるべく、スピエレを呼んで直接話をしてみたが、
「うん、私の思い違いか。やはりスピエレはスピエレだ」
そんな深謀遠慮は存在しなかった、との結論に至り、深い憂いに沈むのだった。