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祖父クぺから、父スピエレと侍女ビーネの結婚の許可を勝ち取ったシェルシェは、その後書斎を出て居間に赴き、そこで待たせておいた当の二人に、祖父をいかに説得したかを説明し、
「そんな訳で、お父様に当主の座を退いて頂く事を条件に、おじい様はお二人の結婚を許してくださいました。もう何の障害もありません」
笑顔で吉報を告げた。
不安そうにソファに寄り添って座っていたスピエレとビーネは、安堵の吐息を漏らし、
「よくぞあの頑固なおじい様を説き伏せてくれた。ありがとう、シェルシェ」
「何とお礼を言って良いのか分かりません。本当にありがとうございました、シェルシェお嬢様」
中学生になったばかりのこの小娘に、心の底から感謝の言葉を述べる。
これに対して、シェルシェは仮面の様な笑みを浮かべたまま、
「ですが、一言言わせてください、お父様。今回の件がここまでこじれてしまったのは、元はと言えばお父様の短慮に因る所が大きいのです」
実の父親に向かって、おもむろに説教を始めるのだった。
「おじい様があの様に極端な処置に踏み切ろうとしてしまったのは、逆を言えば、お父様がおじい様をそこまで追い詰めてしまったからに他なりません。生前、お母様も、『人は追い詰められた状況に陥ると、どんな賢い人でも理性を失って、普通に考えれば愚かな行動に走り、事態を悪化させてしまいがちになるものなのです』、と仰っていました。
「愛する人と一緒になりたいのであれば、なおの事、行動は思慮深くあるべきだったのです。何の前触れもなく、いきなりどうにもならない事態を告げられれば、誰でもパニックを起こします。慎重に行動した上で、ゆっくりと時間を掛けて相談を持ち掛けられたならば、おじい様もあそこまで強硬な態度には出ず、何かもっと賢い提案をしてくれた事でしょう。
「例えば、おじい様の知り合いの名家に頼み込んで、ビーネを形だけの養子にしてもらい、身分の釣り合いを整えた上で、ある程度の期間を置いてから、晴れてマントノン家の当主の正妻として迎える事だって出来たかもしれません。時間を掛けさえすれば、他にも色々と方法はあったものと思われます」
実の娘から一方的に説教され、迷惑を掛けた負い目もあって、一言も反論出来ずにしゅんとしてしまったスピエレを見て、思わずビーネは間に割って入り、
「申し訳ありません、シェルシェお嬢様。落ち度は私にもあります。どうかスピエレ様だけをあまり責めないでください」
と、慈悲を乞う。
シェルシェは満足げに笑い、
「ふふふ、あなたはお父様以上に優しい人ですね、ビーネ。これからはお腹の中の赤ちゃんの為にも、体調に十分気を付けて過ごしてください」
そんなビーネをあえて責めようとはしない。
それが逆にビーネは怖かった。




