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父親の失態を厳しく糾弾して当主の座から引きずり下ろそうと企むシェルシェの演説はさらに続く。
「マントノン家の当主である事と道ならぬ恋を実らせる事との二つは、元々両立し得ない相反する事象なのです。かつて外国では、道ならぬ恋を成就させるために王位を捨てた者もいたと聞きます。けじめを付ける意味でも、お父様には当主の座を即刻下りて頂かなければなりません。
「それに、『うっかり孕ませた侍女と結婚し、そのままのうのうと当主を続ける恥知らず』、よりは、『許されぬ愛を貫く為に、当主の地位を惜しげもなく捨てた漢』、の方が、世間の通りもよろしいかと思われます。
「そして私には、『父親の不祥事の後始末をする為に、苦肉の策として無理やり表舞台に駆り出された若過ぎる女当主』、として世間の同情も集まります。誰も『父親の不祥事に乗じて、マントノン家の当主の座を奪い取った娘』などとは考えません。これによって、スキャンダルのマイナス面も多少は緩和されましょう。いかがです、おじい様?」
そう問い掛けて、妖しく微笑むシェルシェ。
クぺはシェルシェの提案を一理あると思いつつも、可愛い孫娘が冷徹に権謀術数を説く事に戸惑いを隠せない。
ついこの間まで、「おじいちゃま、おじいちゃま」、と可愛らしく見上げてくれていた私の天使は、一体どこに消えてしまったのか。
そのかつての天使は、書斎の机に両肘を突き両手を顔の前で組み合わせて複雑な心境で座っている祖父の背後に歩み寄り、その肩にそっと手を置き、
「何より私は最愛のおじい様に、孫殺しの罪など背負って欲しくありません。マントノン家の人間として、時には非情な決断を迫られる事もありましょう。ですが、今はもっとよい選択肢が残っているのです。どうかお考え直しください」
と、優しい声でトドメを刺し、もとい懇願した。
しばしの沈黙の後、
「分かった。お前の言う通りにしよう。スピエレを当主の座から下ろした上で、侍女との結婚を認める事にする」
もちろん、おじいちゃまは孫娘に屈服せざるを得なかった。
「ありがとうございます。もし、この要求を呑んでくださらない場合は、おじい様を山奥の別荘に監禁して、その間にお父様とビーネの結婚式を強行するつもりでした」
そして明かされる驚愕の事実。
孫娘だけあって、祖父の思考パターンをそっくりそのまま受け継いでいたのである。
私の可愛い天使が、今や悪魔に成り果ててしまった。
私の可愛い天使がぁ。