◆76◆
「かつておじい様はお父様に、『お前は生まれる家を間違えたのかもしれぬ』、と仰ったそうですが、私も同感です」
のっけから父の存在理由を笑顔で否定するシェルシェ。
「お父様はあの通り善良で優しい方ですが、それだけでは名門の当主は務まりません。特に武芸ブームが終焉を迎え、道場経営が厳しくなる事が予想される今後を思えば、今回の件は、お父様に引退して頂くいい機会ではないかと考えています」
さらに辛辣な追い討ちが掛かる。
言いたい事は分かり過ぎる位分かる祖父クぺであったが、もっと言い方があるだろうに、と思わずにはいられない。
「スピエレが当主に向いていないのは確かだが、さりとて、中学生になったばかりのお前にその代わりが務まる程、当主という役目は甘くない」
苦言を呈するクぺ。
「もちろん、最初はお飾り当主という事になるでしょう。むしろ、自分達の思い通りにしたい役員の方々にとって、お飾り当主は願ったり叶ったりと言えます」
「それでは今以上に、当主がないがしろにされてしまうが」
「私はいつまでもお飾りに甘んじているつもりはありません。いずれ主導権を取り戻し、名実共にマントノン家の当主となって見せます。とりあえず今は、私が当主を継ぐ事を認めてもらえさえすればいいのです」
シェルシェは笑顔のまま話を続ける。
「お母様に先立たれたショックからお父様が回復しつつあるのは、ビーネのおかげです。そのビーネと強制的に別れさせられてしまえば、お父様は二度と立ち直れないでしょう。最悪、廃人と化してしまったら、マントノン家の当主が務まる務まらない以前の問題です。
「ビーネの身上については、雇用の際の調査資料にも何らやましい点は見当たらず、全く問題はありません。何より侍女として最後までお母様に献身的に仕えてくださり、お母様もそんなビーネを非常に信頼していたのは事実です。お母様の死後、お父様がビーネを愛する様になったのも、当然と言えば当然ではないでしょうか。最愛の人を大切に思ってくれていた人なのですから。
「とは言うものの、やはりマントノン家の当主が侍女風情と結婚する訳にはいきません。ですが、もうビーネはお父様の子を宿してしまっています。これに関しては、両人共にいささか軽率であったと言わざるを得ません」
一見、父とビーネを擁護している様に聞こえるが、割と容赦のない言い草のシェルシェだった。