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「な、何を言っているのだね、シェルシェ。そもそもマントノン家の当主ともあろう者が、一介の使用人を正妻に迎えるなど、許されない事位分かるだろう」
不意を突かれたクぺは、少しうろたえつつ、シェルシェに異議を唱えた。
「ええ、よく分かっています、おじい様。ですから、お父様には当主の座を退いてもらうのです」
シェルシェは微笑んだまま、しれっと、とんでもない事を口にする。
「待て。するとお前は、当主をスピエレからエフォールにしろ、と言うのか?」
「いいえ、エフォール叔父様がこのタイミングで当主を継げば、『兄のスキャンダルに乗じて、マントノン家の当主の座をまんまと奪い取った』と、世間から邪推されかねません。マントノン家にとっても、クリーンなイメージが売りのエフォール叔父様にとっても、それは望ましくない事態となりましょう」
「確かにそうだが。しかしそれでは、当主がいなくなってしまう」
「私が当主を引き継ぎます」
「バカな。お前は女でしかも子供だ。マントノン家の当主を継ぐ資格など」
「今は緊急事態です。この際、古いしきたりは無視します」
反論しかけたおじい様を、笑顔のままぴしゃりと制するシェルシェ。
何だこの得体の知れない迫力は。
ついこの間まで、「おじいちゃま、おじいちゃま」、と可愛らしくまとわりついていたのに。
今や実の父親から、当主の座を奪い取ろうとしているではないか。
おじいちゃま、ちょっと怖くなって来たんだけど。
孫娘の笑顔に何かおぞましいモノを感じつつ、クぺはシェルシェの話をさらに聞く事にした。




