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「当主と使用人との結婚など、身分違いも甚だしい。断じて認める訳にはいかん!」
前当主のクぺは、現当主にして息子のスピエレに激しい調子で一喝を食らわせた。
しかしスピエレは全く動じず、
「身分違いな事はよく分かっています。でも、もう彼女は妊娠しているんです。他にどうしろと言うんです?」
「それを私の口から言わせる気か。聞きたければ、はっきり言ってやるが」
子供を堕ろさせ、十分な手切れ金を与えて暇をやり、その女とはすっぱりと別れろ。何なら、次の就職先を見つけて推薦状を書いてやる。
最低極まる処置だが、マントノン家の名誉を守る為には致し方ない。
そんな意図を察したスピエレは、父クぺを真っ向から睨みつけ、
「それが、名門たるマントノン家の当主のやる事ですか!」
「名門たるマントノン家の当主だからこそ、やらなければならない事だ。私とてこんな恥知らずな事を勧めたくはない。しかしそもそも、原因を作ってしまったのはお前なのだぞ。当主としての自覚が足りなかったのではないか?」
「人を愛するのに、当主の自覚も何もありません」
「愚か者が。当主になった以上、人生において自由の大部分は奪われる。結婚などその最たる物だ。下手をすれば、このマントノン家の運命を左右しかねない問題だからな。お前とて、ユティルとの結婚を決めた時は、条件を満たす限られた選択肢の中から相手を選ぶ事を、ちゃんと受け入れていただろう」
「あの時はあの時、今は今です」
「百歩譲って、その女と別れろ、とまでは言わん。使用人の女に手を付けている奴など、知り合いにゴマンといる。結婚は認めんが、愛人として囲う分には目を瞑ろう」
「彼女に、日蔭者になれ、と言うのですか」
「しかしその場合でも、子供の存在は厄介だ。可愛い三人の孫が皆女の子である以上、もしその女が男の子を産んでしまった場合、後継者問題はややこしい事になる」
「だから産まれる前に何とかしろ、と? その子も父さんにとっては、可愛い孫なんですよ」
「私達は個人の感情の前に、マントノン家の事を考えねばならんのだ。名門の当主が、妻が死んで間もない内にその侍女を孕ませ、わがままを通して身分違いの結婚を強行した挙句、その子供を後継者とするなど、世間が何と思う?」
「世間がどう思おうと、気にするべきではありません」
「マントノン家は剣術道場の名門だが、身も蓋もない言い方をしてしまえば客商売だ。そのトップ自らが、世間から後指を差される様な真似をすれば、道場のイメージダウンを招き、やめる者が続出する事は必定。道場生だけではない。マントノン家が多方面からの信用を一気に失えばどうなるか、その際被るダメージは想像もつかぬ」
「父さんの案こそ、世間から後指を差され、多方面からの信用を一気に失うものではないかと思われますが」
「問題は、表に出すか裏で始末するか、だ。私とてこんな事は言いたくない。何度も言うが、原因を作ったのは他ならぬお前なのだぞ」
その後も、この父子は掴み合いをしかねない程に激しく言い争い、議論は平行線を辿ったまま、
「絶対ビーネと結婚します!」
「断じて結婚は認めん!」
スピエレはその場から去り、残されたクぺは憤懣やるかたない様子で嘆く。
「あのバカ息子めが」
クぺの血圧が上がった。




