◆72◆
妻ユティルの葬儀を終えたスピエレは、すっかり落ち込んで抜け殻の様になってしまった。
「あの様子では、立ち直るまでに相当時間がかかるだろうな」
そんなスピエレを見て、長年連れ添った妻に先立たれた時の悲しみを想像し、やるせない気持ちになる父にして前当主のクぺ。もっとも長年連れ添った自分の老妻は健康そのもので、当分先立つ気配はないのだが。
それでも、次第にスピエレは周囲の予想より早く元気を取り戻し始め、二ヶ月後には笑顔を見せるまでに回復を遂げる。
「もっと引きずるかと思ったが、意外に早く立ち直ったな。普段ボンクラ呼ばわりされているが、あれで案外、精神的に強いのかもしれん」
ほっとしつつ、我が子を少し見直したクぺだったが、それからさらに一ヶ月後、
「再婚する事を決心しました」
と、スピエレから真剣な顔で告げられ、少し精神的に強過ぎやしないかと思いつつも、
「確かに、いつまでも悲嘆に暮れているよりは、気持ちを切り替えた方がいいかもしれん。名門の当主が独り身では、何かと格好が付かない事もあろう。よし、今のお前に釣り合うだけの娘がいないかどうか、知り合いに打診してやる。何人か候補が絞られた所で、時間を掛けてゆっくり選ぶがいい」
前向きな方が健全だと判断し、早速行動に移そうとしたが、
「いえ、相手はもう決まっています」
いきなり出鼻をくじかれた。
「お前、葬儀からまだ日も浅い内にそれはないだろう。マントノン家の当主としての外聞もあるし、第一ユティルに申し訳ないとは思わんか? もし再婚を考えている相手がいるとしても、せめて一年位は期間を置いてから」
「出来るだけ早くないとダメなんです。既に彼女のお腹には、私の子供がいます」
衝撃の事実に、クぺは心底驚き、
「な、何だと、一体、相手は誰なんだ?」
「ユティルの侍女だった、ビーネ・ヴァルトです」
妻に先立たれてからすぐ、その侍女に手を付けるとは。
これでは世間から、「マントノン家の当主は、妻が闘病生活を送っている時から、その侍女と不倫関係にあった」、と噂されても仕方がない。
クぺは驚きを通り越して呆れ果て、さらに我が子のボンクラ加減に悲しみと怒りさえ覚えた。
誰だこんな奴を当主にしたのは!
あ、私か。




