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少し気を取り直してからユティルは、シェルシェ、ミノン、パティを寝室に呼び、入れ替わりに夫スピエレを部屋から退去させて、母娘差し向かいで事情を説明する事にした。
「病院での検査の結果、膵臓ガンが見つかりました。全身に転移も始まっていて、もうどうにもならない状態です。私はあと三ヶ月位しか生きられない、と宣告されました」
自分の深刻な病状を動揺する事なく、娘達に淡々と報告するユティル。
それを聞いて、十歳のミノンは信じられないといった顔になり、八歳のパティは不安で泣きそうな顔になる。
が、十二歳のシェルシェは母と同じく、いささかも動揺せずに、
「手術や薬物投与で、どうにかならないものでしょうか」
と冷静に尋ねた。
「転移が広がってしまった以上、手術しても望み薄ですが、抗ガン剤によって、あるいは進行を抑える事が出来るかもしれません。しかし、その可能性は極めて低く、過度な期待は却って危険です」
シェルシェに答えてから、ユティルは改めて三人の娘達に、
「覚えておきなさい。人は追い詰められた状況に陥ると、どんな賢い人でも理性を失って、普通に考えれば愚かな行動に走り、事態を悪化させてしまいがちになるものなのです。でも」
優しくも凛とした表情で、
「あなた達は誇り高きマントノン家の人間です。たとえ母がいなくなってしまっても、理性を失う事なく、立派に生きてくれますね?」
問い掛けの形を取った、強制的な命令を言い渡した。
「はい」
「はい」
「はい」
反射的に母の命令に従う娘達。よく訓練されている。
「それを聞いて安心しました。ただ心配なのは、あなた達のお父様の事です。お父様はあの通り優しい方ですから、私が死んでしまったら、マントノン家の当主という立場を忘れ、身も世もなく嘆き悲しんで、立ち直れなくなってしまうかもしれません。その時は、娘であるあなた達がよくフォローしてあげなさい」
「はい」
「はい」
「はい」
真面目な顔でさりげなく父をディスる母娘。
母と娘にとって、父とは頼りない面がつい目立ってしまう存在なのである。




