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マントノン家の剣術全国大会小学生女子の部で優勝したものの、「八百長ではないか」と一部の心ない者達に噂され、その疑惑を完全に払拭する名目でレングストン家とララメンテ家の大会にも出場し、結果、見事に三冠制覇を達成したシェルシェは、そのまま剣術の修練に励み、いずれはマントノン家を代表する女性剣士へ成長するだろう、と期待されていた。
が、禍福はあざなえる縄のごとく、どこまでも人の運命を翻弄するものなのか。
三冠制覇を達成してから約一ヶ月後、シェルシェは栄光の余韻に浸る間もなく、悲しい事態に直面する事になる。
母ユティルが、病院で医師から余命三ヶ月と宣告されたのだ。
「膵臓、か」
父にしてマントノン家当主のスピエレはショックで蒼ざめ、未だ事態がよく把握出来ぬまま、共に屋敷に帰還した妻の顔を呆然と見詰めた。
ユティルはやや疲れてはいるものの、死期が近い病人にはとても見えない。
普通に歩いて普通に喋れるし、どこも悪い所なんてないじゃないか。
「落ち着いて、気をしっかりもってください。まるであなたの方が病人の様じゃありませんか」
そんなスピエレに、ユティルは優しく微笑んだ。
「すまない。しかし、君はまだ若いんだ。何かの間違いじゃないかと」
「私だってそう思いたいのは山々です。でも検査の結果を見たでしょう? こうなってしまってはもう仕方ありません。最善を、尽くして、最期まで」
そこで、ユティルは言葉を詰まらせてしまう。
「ふふふ、ちょっと取り乱してしまいました。私はマントノン家の当主の妻として、最期までその名に恥じない振舞いをしなければならないのに」
強気な言葉と裏腹に、ユティルの頬を一筋の涙が伝い、雫となって床に落ちる。
スピエレはそんな妻をぎゅっと抱きしめ、
「当主からして、マントノン家の名に恥じない振舞いなんかした事がないんだ。ましてや君が無理する必要なんかない」
「ふふふ、情けない事を言ってはダメですよ。あなたはこの先もずっと生きて、マントノン家を背負っていかなければならないんですから」
ユティルは夫の背中に手を回して、そっと撫で、
「でも、そんなあなたの情けない言葉が、いつも私を慰めてくれました」
「褒めてるのかい、それは」
「ええ、もちろん」
そのまま二人はしばらくの間、無言で抱き合っていた。




