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延長戦に入って一時間以上経過しても、激しく攻め続けるシェルシェの動きには、全く疲労の色が見られない。
むしろ疲労が目立っているのは、動きの少ないコルティナの方だった。試合当初にあったふわふわ感が、試合が一時間を過ぎた辺りから、急にふらふら感に取って代わりつつあり、そんな彼女を見て、
「電池切れ?」
などと言う観客もいた。言い得て妙である。
「シェルシェさんはこれを狙っていたのか」
先のレングストン家の大会の決勝戦でシェルシェに敗れたティーフが、畏怖と感嘆の入り混じった口調で言う。
「どうかしらね。長期戦に持ち込んで体力の消耗を狙うにしては、やり方がおかしいわ。あれじゃ、自分の方が先に疲れてしまうでしょう」
その横で観戦しているエーレが淡々と応える。
「でも、現に、コルティナさんはふらふらだ」
「これでコルティナの顔をよく見て」
エーレは持っていた双眼鏡をティーフに渡し、
「笑ってるでしょう。あれは何か企んでる顔よ」
「元々ああいう顔なのでは?」
双眼鏡を覗きこみながら、ティーフが言う。
「確かに普段から何かよからぬ事を企んでいる顔をしてるけどね」
この前のホラー映画観賞会の事を思い出し、言い方が辛辣になるエーレ。
言いたい放題言われている当のコルティナは、ますます動きにふらつきが大きくなり、シェルシェの攻撃をやっとの事で受け流しているといった有様である。
ついに、シェルシェの放った激しい打ち込みに、剣を大きく弾かれ、正面のガードがガラ空きになるコルティナ。
が、次の瞬間、ふらふらだったはずのコルティナは、左手だけで持った剣を、シェルシェの右手首に、鞭の様に素早く叩き付けていた。
思いもよらない反撃に、観衆は、おおっ、とどよめいたが、シェルシェも同時にコルティナの頭部を打っており、相討ちと見做され試合は続行。
鍔迫り合いになってから、両者はゆっくりと離れ、共に中段に構えて対峙したまま、長い睨み合いに入った。
意外と言うべきか当然と言うべきか、さっきまで激しい連続攻撃を仕掛けていたシェルシェは肩で息をして、かなり疲弊した様子なのに対し、電池切れ寸前のふらふらだったコルティナはしゃんとしており、まだまだ余裕を見せている。
「相手を疲れさせて仕留めるつもりだったのは、逆にコルティナさんの方だったのか」
一連の流れに、ティーフが感心した様に言った。
「それもどうかしらね。ただ一つ言えるのは」
エーレは少し眉間にしわを寄せ、
「あの二人は、剣術以上に人を騙すのが上手いって事」
少し苦々しげに言う。
その様子から、「一体あの二人に今までエーレはどれだけ騙されたんだろう」、と思ったが、あえて聞かないだけの優しさは持っているティーフだった。
周りの道場生達はむしろ、「この子を騙したくなる気持ちはよく分かる」、とひどい事を考えていたのだが。




