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完全に不意打ちに近い形でエーレ・レングストンとエーヴィヒ・アウフヴェルツの婚約、及びそれに伴うエーレの公式大会からの引退が公表されるや、エディリア全土に激震が走り、特にちっちゃなエーレが大好きな大きなお友達は、
「俺のエーレたんがあああああ!」
「嘘だッ! 絶対信じないぞ!」
「これから何を心の支えにして生きて行けばいいんだああ!」
血の涙をとめどなく流しつつ、あちこちで屠畜場の家畜さながらの断末魔の叫び声を上げていた。
そのやり場のない悲しみと怒りは当然の様にエーレの嫁ぎ先に向けられ、
「アウフヴェルツ社の製品はもう買わん!」
「アウフヴェルツ社のパソコンを窓から投げ捨てろ!」
「アウフヴェルツ社を焼き討ちじゃあ!」
勢いに任せて同社の製品を破壊した画像をネット上にアップしたり、衝動的に頭のおかしい犯罪予告をやらかして逮捕される輩まで出る始末である。
そんな不穏な動きを受けてアウフヴェルツ社の株価は、「小型軽量戦機エレガイル」に関わる企業と共に大暴落。この現象を投資家達は「ツンデーレ・ショック」と呼んで恐れ、果ては連鎖的に他の銘柄も巻き込んで大恐慌に至るのでは、という悪夢の様な懸念まで囁かれ始める。
が、翌日の「小型軽量戦機エレガイル」で、結婚式の最中に悪のロボット軍団から襲撃され、爆発オチのコントの様なボロボロな姿になってもなお、互いをかばい合う新郎新婦のベタな愛の絆を描いた物語が放送されると、荒みきって祟り神と化していた大きなお友達の心も浄化されたのか、
「今はただエーレの幸せを願おう」
「どうか俺達の分まで幸せになって欲しい」
「さようならツンデーレ! さようなら我が青春!」
事態は一気に沈静化。アウフヴェルツ社と関連企業の株価も急速に持ち直し、再びエディリア経済は平穏を取り戻した。
この一連の茶番じみた流れについて、
「全てあなたの書いたシナリオ通りになりましたね。見事なものです」
マントノン家の当主シェルシェが電話で黒幕に賞賛の意を伝えると、
「本質的にエーレのファンは、エーレを自分の娘みたいに思ってるからねー。『結婚なんて許さん!』、とか言いつつも、最後には『それが可愛い娘の幸せならば』、と送り出すのが花嫁の父ってものだよー」
ふわふわと楽しそうに解説する黒幕ことコルティナ。
「確かにエーレの愛され方は、『恋人』と言うより『娘』です。容姿的な意味でも」
「でしょー? ちっちゃくて可愛いから、どうしても庇護欲がかき立てられるんだよー。シェルシェや私と違ってー」
「ふふふ、私達が婚約を発表した所で、『反対しても無駄だろうから、好きにしてくれ』と、すぐに諦められてしまう事でしょう。ところで、あなたの方の引退発表はどうするのです?」
「今回は少し間をおくよー。もうしばらく、婚約の話題でエディリアを祝福モード一色にしておきたいからー」
「なるほど、親友ならではの粋な計らいですね」
一見するといい話に聞こえるが、その場にエーレがいたら、
「二人共、また私の人生をダシにして面白がってるだけでしょう!」
と、真っ赤になって吠えまくった事であろう。