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満を持して放送が始まった「小型軽量戦機エレガイル」が、小さなお友達と大きなお友達のハートをがっちりつかみ、毎週安定した高視聴率を叩き出す人気番組として軌道に乗った頃、
「婚約をバラすなら今だよー。頑張ってー」
突如レングストン家を訪問したコルティナは、応接間に腰を落ち着けるや、何の前置きもなくエーレに重大な決断を迫った。
「ま、まだ早過ぎない?」
CMを降りて束の間の平和に浸りきっていた所を一気に現実に引き戻され、夜襲を受けた新兵の様に動揺しまくるエーレ。
「ワインを作る葡萄の収穫はねー、早過ぎても遅過ぎてもいけないんだよー」
「いや、ワインと一緒にされても! それに、ほ、ほら、アウフヴェルツ家の都合もあるでしょ!」
「そっちの根回しはもうずっと前に済んでるよー。アウフヴェルツの経営陣からは『婚約発表のタイミングの判断はコルティナさんに全てお任せします』って言われてるしー。エーヴィヒさんも『エーレさんが承諾してくださるのなら、いつでも構いません』って言ってたしー」
「なんで、あんたが私抜きで全部仕切ってるのよ!」
「ちょっとしたサプライズパーティーの下準備みたいなものかなー?」
「サプライズ過ぎて怖いわ!」
「まー、でも、こうなる事は予想してたでしょー? 残念ながら、エーレの婚約発表はエーレが勝手に決められる問題じゃなくなってるんだよー」
「ま、まあ、そうかもしれないけど。タイミングを間違えると色々と迷惑がかかりそうだし。株価とか」
「CM降りただけでアレだったもんねー。婚約発表ともなると、アウフヴェルツ一社だけじゃなく、『小型軽量戦機エレガイル』に関わる全ての企業の業績に影響が出るよー」
「え、そこまで広範囲の問題なの?」
「業績が悪化してスポンサーさんが撤退すると、番組打ち切り待ったなしだねー。CM出演を足掛かりにして売り出そうとしてた二人の声優さんの輝かしいサクセスストーリーもおじゃんだしー。何より番組を楽しみにしてるいたいけな子供達を悲しませる事にー」
「生々しい最悪のシミュレーションを突き付けないで!」
「『どのタイミングで発表すれば一番被害が少ないか』をシミュレーションした結果が、『今』、なんだよー。エーレの意志が入る余地はその金髪ツインテールの毛先程もないのー」
「人の髪の毛で例えるな! でも私の意志が入る余地がないのは仕方ないわ。元々政略結婚ってそういうものだから」
「うん、うん。大人だねー」
「でもそこに、あなたの意志が百パーセント入って来るのはおかしいでしょ!」
「モノは考えようだよー。帳簿の数字しか見ない赤の他人のビジネスマンと、自分の幸せを心から願ってくれる付き合いの長い親友と、婚約発表の時期を決めてもらうならどっちー?」
「事あるごとにからかって反応を楽しむ愉快犯より、ビジネスライクな赤の他人の方がなんぼかマシね」
「ひどーい! 親友の人生の大事な節目をからかう様な真似はしないよー!」
「嘘だッ! 前科があり過ぎる!」
そこで正に今、コルティナが自分をからかって反応を楽しんでいる事に気付き、スゥーッと息を吸って心を落ち着けてから、
「まあ、アウフヴェルツ家があなたの分析能力を見込んで一任した以上、とやかく言う筋合いはないわね。悪かったわ。この手の業界の事情に関して、私は完全に素人だし、ここは親友の好意に甘えさせて頂きましょう」
無理して大人の余裕を見せつけようとするエーレ。
「分かってくれて嬉しいよー!」
「で、具体的にいつ発表すればいいの?」
「明日のお昼ー」
「ず、随分と急ね!」
「間を開け過ぎて秘密が漏れない様にするのとー、明後日の『小型軽量戦機エレガイル』の放送に間に合う様にねー」
「例のロボットアニメが関係あるの? 私とはもう縁が切れてるんだけど」
「ちょうどその回が、悪のロボット軍団が結婚式会場を襲撃する話なんだよー。式を挙げていたカップルが襲撃の中で愛の絆を確かめ合うのが一つの見せ場になっててねー」
「わざわざ婚約発表に合わせた話を用意してたんかい!」
「カップルのキャラデザはもちろん、エーレとエーヴィヒさんがモデルだからー」
「そこまでやる!?」
「ラストシーンはもちろん、エレガイルの掌の上で誓いのキスをするカップルで決まりー!」
「やめんかあああ!」
親友の人生の大事な節目をここぞとばかりにからかうコルティナと、多分今回だけでなくこれからもずっとからかわれ続けるであろうエーレ。




