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逃げ足道場 番外編 ~ウチの女当主が怖過ぎる件について~  作者: 真宵 駆
◆◆第十九章◆◆ ちっちゃな剣士が操縦する巨大ロボットについてⅢ 「採算」

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◆611◆

 ここが最後の騒ぎ時とばかりに観客達が全力で浮かれる中、騒ぎなど我関せずとばかりに試合開始と同時に、スススーッ、と滑る様に前に出て、コルティナが防御する前にその頭部を右の長剣で打ち据え、あっさり一本を決めてしまうエーレ。


 一本が決まるまでにもう少し攻防の駆け引きがあるだろうと予期していた観客達は完全に虚を突かれ、会場内は水を打った様に一瞬シンと静まり返るが、すぐに大きなどよめきと盛大な拍手が巻き起こった。さながら一旦潮が大きく引いた後に怒涛の如く押し寄せる大津波の様に。


 一方、一歩も動かぬまま一本先取されたコルティナはまったく動揺の色を見せず、何事もなかったかの様にエーレが試合開始位置に戻って行くのを眺めていたが、その姿からは「自分は動かなくていいから楽」と言わんばかりの余裕すら伺える。


 試合が再開されると、今度は互いに相手の出方を探りながら間合いを調整するだけの地味な絵面が延々と続き、両者全く剣を交えないまま、いたずらに時間だけが過ぎて行った。


 それでも観客達は「このまま何も起こらずに終わるはずがない」という確信に近い期待の下、このもどかしい拮抗が破られる決定的瞬間を見逃すまいと、二人の一挙一動から目が離せない。


 その決定的瞬間は試合時間が尽きる間際にようやく訪れた。今度はコルティナが、ふわっ、と前に出て無造作に放った一打が、これに反応して短剣をわずかに振り上げたエーレの左手へクリーンヒット。ただし試合終了の合図とほぼ同時であった為、どうなる事かと観客達は固唾を呑むが、ギリギリ有効と判定されて試合は延長へと突入する。


 延長戦に入ってもエーレとコルティナの動きの少ない睨み合いが続き、「劇場版エーレマークⅡ」における派手なロボットバトルとは縁遠い、むしろ画面が止まったままの放送事故に近い展開となったが、その一触即発の緊張感は映画の迫力に決して引けを取るものではない。


 左の短剣を前に突き出し、右の長剣を頭上高く振り上げて構えるエーレ。


 中段に剣を構え、ふわふわと突っ立ったコルティナ。


 これまでに幾度となく見られたお馴染みの戦闘スタイルの二人だが、今はまるで試合用の剣でなく、触れた物を切り裂く真剣を手にしているのかと錯覚する程の凄みが感じられた。


 その異様さに気付き始めた観客達からは浮かれムードが徐々に消え、会場内の喧騒も次第に静寂へと移行する。


 息の詰まる様な静けさの中、不意にコルティナが、ふわっ、と間合いを詰め、エーレの頭部を狙って剣を打ち込み、エーレは左の短剣でこれを払うと同時に右の長剣をコルティナの頭部へ振り下ろす。


 コルティナは、ふわっ、と体を回転させ、払われた剣を小さな円を描く様に、ふわっ、と戻してエーレの左胴を打つ。


 この回転により間合いをずらされたエーレの長剣も一瞬遅れて相手の頭部を捕えたが、もはや相打ちとは見なされず、コルティナの勝利が確定した。


 長かった緊張から解放された反動で観客達は一斉に歓声を張り上げ、会場内は会話が出来ない程の騒々しさに包まれる。


 ララメンテ家の応援団も、この時を待ってましたとばかりにコルティナの用意した横断幕を取り替えた。


 そこには魔女の格好で箒にまたがった笑顔のコルティナのイラストと共に、


「ご声援ありがとうございました! またどこかでお会いしましょう!」


 という文が最終回のエンドカードっぽく書かれており、


「いや、そこは『また来年の大会で』だろ!」

「てか、道場に行けば普通に会えるし!」

「最後の戦いが終わって流浪の旅に出るヒーローかお前は!」

 

 一部ララメンテ家道場生からツッコミが入るが、もちろん歓声にかき消されて本日のヒーローには届かなかった。

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