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「以上が、先日レングストン家で極秘裏に行われた女子会の内容です。あくまでもエーレの婚約の内々定をささやかに祝う私的な訪問だったのですが、この事実が外部に漏れればエディリア経済を混乱に陥れかねないので、くれぐれも他言無用にお願いします」
「婚約の内々定が国家機密レベルの扱いとは、エーレも難儀な立場になってしまったものだな」
マントノン家の書斎で現当主にして孫娘のシェルシェから報告を受け、何とも言えない複雑な表情になる前々当主にして祖父のクペ。
「映画の大ヒットとそれに便乗したコラボで、今やエディリアは『劇場版エーレマークⅡ』一色ですから。エーレにはもう少しだけ『アウフヴェルツ家の嫁』でなく、『国民的マスコット』として頑張ってもらいましょう」
「『少なくとも次の全国大会が終わるまでは』、か?」
椅子の背にもたれ、すっかり当主としての貫録が備わった孫娘を見上げるおじいちゃま。とてもあのちっちゃな国民的マスコットと同じ年とは思えない。
「ふふふ、興行収入は大事ですからね。それとエーレ個人にとっても最後の晴れ舞台となる訳ですから、下世話な金勘定を抜きにしても、盛大な大会にしてあげたいのです」
「いささか世間を欺く形になるが、エーレの立場と心境を思いやれば十分許される事だろう」
「場合によっては、コルティナもこの大会で引退するかもしれませんし」
「何と。コルティナも結婚する予定があるのか?」
驚いて椅子の背から少し身を起こすおじいちゃま。
「そんな話はこれっぽっちもありません。ただ、『いずれは自家の大会の運営に回りたい』、と言ってましたので」
「ああ、裏方に回るのか。惜しい気もするが、それも大切な仕事だ。ララメンテ家の指導者として責務を果たそうというのだな。あのやりたい放題のコルティナが、随分と大人になったものだ」
軽く頷きつつ、しみじみするおじいちゃま。
「いえ。コルティナの真の狙いは、ララメンテ家の大会の『開会の言葉』と『閉会の言葉』を述べる役を乗っ取る事です。そうすれば、わざわざ優勝しなくても、確実に漫談を披露する事が出来ますから。二回も」
「本気か!?」
驚きの余り、椅子から腰を浮かして机の上に身を乗り出すおじいちゃま。
「冗談を本気でやるのがあの子です」
力なく笑うシェルシェ。