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「ごちそうさま! とっても美味しかったわ!」
そんな感謝の言葉とは裏腹に、せっかく一流のパティシエが腕によりをかけて作ったであろう特注高級ケーキをロクに味わいもせず、フードファイターよろしくあっという間に食らい尽くしたエーレ。
コルティナが追加した恥ずかしい写真部分だけ削ぎ取って残りをゆっくり食べればいいものを、そうしなかったのは、
「ふふふ、喜んでもらえた様で何よりです」
「うふふ、エーレ流の愛情表現をしかと見届けたよー」
ひたすら自分をからかい続けるシェルシェとコルティナへの抗議行動に他ならない。
「喜びより怒りだし、ましてや愛情表現でもないわ!」
ヤケになって、ぐい、とティーカップの紅茶をあおるエーレ。
「怒りよりは照れでしょう?」
「愛情表現よりは照れ隠しだったかなー?」
「あのねえ!」
ああ言えばこう言う二人の親友に対し文句を言いかけて思いとどまり、
「もう勘弁して。やり方に問題はあったけど、あなた達が私の事を祝ってくれてる事だけはちゃんと受け取ったから。やり方に問題はあったけど」
大切な事なので二回言うエーレ。
「ええ、私達はあなたとエーヴィヒさんとの結婚を心からお祝いするつもりですよ」
「たとえそれが、エディリア経済を多少減速させる結果になったとしてもねー」
「私の罪悪感を軽くしてくれようとして、はしゃいでた訳ね?」
「そんな所です。と言いたい所ですが」
「単にエーレをからかって遊んでただけかもー」
「そういうの、もういいから!」
「それに減速分を差し引いても余りある程、エーレはエディリア経済に貢献しました」
「だからエーレも報酬をもらう資格が十分あるよー」
「報酬なら結構な額をもらってるわ」
「映画の出演料ではなく、もっとエーレ自身の幸せに関わる事です」
「具体的に言うとー、愛しのエーヴィヒさんだねー」
「ああ、またそっちに話を戻すの……」
「素直になれないあなたの事ですから、中々一歩を踏み出す事が出来なかったでしょう」
「エーヴィヒさんもそんなツンデレのよき理解者だからー、エーレが素直になるまでずっと待ってくれてたみたいだしー」
「誰がツンデレだ!」
「その膠着状態を打破する事が、私達からの本当のプレゼントです」
「エディリア経済の事は何も考えなくていいから、末永くお幸せにねー」
何かすごくいい事をした様な笑みを浮かべるシェルシェとコルティナ。
釈然としない表情でこの二人を見据え、
「もしかしてあんた達、エーヴィヒとグルなの?」
素朴な疑問を口にするエーレ。
「ふふふ」
「うふふ」
意味ありげに微笑む邪悪な二人。
「ああ、もうっ!」
やり場のない苛立ちが全身を駆け廻るエーレ。
「冗談ですよ。エーヴィヒさんはエーレを罠に陥れる様な人ではありません」
「そーそー。私達と違ってねー」
「あんたらが私を罠に陥れた事は認めるんかい」
「私達が罠に陥れなければ、エーレは別の罠に囚われたままですから」
「経済は情でなくお金で動くからねー。エーレに商品価値がある限り、絶対に手放そうとしないよー」
「それは……そうかも」
「ですが、私達は商売人である前にエーレの親友です」
「たとえ国家予算を積まれたって、親友の幸せは売らないよー」
「……感謝するわ」
怒りも苛立ちも消えてデレるちょろいエーレ。
「だから、少し位からかっても大目に見てください」
「親友をからかう喜びはいつだってプライスレスー」
「そこで開き直るなあっ!」
澄ましたり照れたり怒ったりイラっとしたりデレたり吠えたり忙しい、いつもの可愛い小動物。




