◆591◆
好きなら好きと素直に言えない面倒なツンデレことエーレが、ようやく観念してエーヴィヒへ結婚の内々定を与えた翌日、その状況に追い込んだ元凶ことシェルシェとコルティナが、祝福と称してレングストン家に押しかけて来た。
応接室でテーブルを挟んでエーレと向かい合い、
「おめでとうございます、エーレ。まだ立場上公式に婚約発表出来ないのは残念ですが、ともあれあなたの背中を押した甲斐がありました」
背中を押すと言うより、退路を断って火を放った感があるシェルシェが、その所業とは真逆な優しい微笑みを浮かべながら言う。
「照れ隠しではぐらかさずによく頑張ったねー、エーレ。私も各方面に頭を下げてお願いして回った甲斐があったよー」
頭を下げてお願いして回ったと言うより、舌先三寸で裏工作して回ったと言った方が早いコルティナも、いつものふわふわした笑顔で言う。
「それはどうも! 二人には心から感謝してるわ!」
感謝と言うより不審者を追い払う番犬の様な剣幕で吠えるエーレは、
「って言うか、まだ正式に婚約した訳じゃないし! ただの口約束レベルだから! いくらでも破棄出来る段階だから!」
この期に及んでなおツンデレを貫いていた。ただし顔は真っ赤である。
「ふふふ、信義を重んじるレングストン家の剣士が、一度口にした約束を軽々しく破棄するはずがありませんよ」
「だよねー。それにエーヴィヒさんから受けた恩を思えば、レングストン家の名誉にかけても裏切る事は出来ないよねー」
そんなツンデレなどまるっとお見通しでからかうシェルシェとコルティナ。
「ええ、そうよ! それがレングストン家の流儀よ! 笑いたければ笑うがいいわ!」
腕組みをしてそっぽを向き、ちょっとすねて見せるエーレに対し、
「ふふふ」
「うふふ」
幼い孫の一挙一動を愛おしく眺める祖父母の様に笑うシェルシェとコルティナ。
「本当に笑うなあっ!」
「ふふふ、笑えと言ったのはあなたの方ですよ、エーレ」
「うふふ、って言うかー、エーレこそ素直に笑ったらー? バレバレだよー?」
二人に突っ込まれてぐるると唸った後、エーレは自分を落ち着かせる様に一呼吸入れてから、
「あなた達がそうやってからかわなければ、私だって普通に笑うわ」
と抗議する。
それを受けて二人は少し居住いを正し、からかう様な態度を改め、
「エーヴィヒさんは、レングストン家の剣士としてのエーレの良き理解者ですね」
「エーレが最良のパートナーを得られた事を、改めて心から祝福するよー」
親友の幸せを喜んで見せた。
二人が真面目になったのを確認してからエーレは、それまで抑えに抑え込んでいた固い表情を崩し、満面の笑みを浮かべて、
「ありがとう。私もそんなにイヤって訳じゃ――って、何勝手に撮ってんのよ!」
言いかけた途中で、コルティナがいつの間にか携帯を取り出してレンズを自分に向けている事に気付き、素っ頓狂な声を張り上げた。
「今のエーレの言葉と笑顔をエーヴィヒさんに送信しておくからー」
「やめろおおおおお!」
「ふふふ、いいじゃないですか。頑張ったエーヴィヒさんへのご褒美ですよ」
「勝手にエサを与えるなああ!」
「エーレのことだから、面と向かってだと、あまり素直になれなかったんでしょー?」
「それをこっちによこせえええ!」
テーブルを越えてコルティナに飛びかかるエーレ。コルティナは携帯を、ぽい、とシェルシェにパスすると、エーレを真正面からがっちり抱きとめて、耳元で、
「どうぞ末永くお幸せにねー」
とのたまった。
「はい、動画を送信しました」
じたばたともがくエーレの横でキャッチした携帯を淡々と操作し、処刑完了を宣告するシェルシェ。
「ああああああ……」
糸の切れた操り人形の様に全身の力が抜け、コルティナにホールドされたままがっくりとうなだれるエーレ。
つい舞い上がって、この二人相手に油断した数秒前の自分を呪いつつ。
中々素直になれない自分の性格を呪いつつ。




