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「シェルシェはねー。普段は完璧にお嬢様の仮面を被っているけど、剣を持ったらホラー映画に出てくる殺人鬼に豹変するんだよ。車のハンドル握ると性格が変わる人みたいに」
今大会にマントノン家からシェルシェが乗り込んで来る事が確定してすぐ、コルティナはララメンテ家側の参加選手を集めて、殺人鬼対策講義を行っていた。
「この前のレングストン家の大会でも、防護マスクの下はすごい表情になってたからね。対戦相手の女の子が、ホラー映画で襲われるヒロインみたいに怯えてたでしょ」
ふわふわとした口調で、微妙におかしな例えを用いて説明するコルティナに、選手達から思わず笑いがこぼれる。
「でもね、逆に言うと、そこが狙い目。試合中のシェルシェは、全部表情に出ちゃってるから、すごく分かり易い」
そう言ってからコルティナは、ホワイトボードにシェルシェの似顔絵を二つ並べて描いた。ふわふわとしたタッチだが、かなり上手い。
「突撃する時は、『突撃するぞ!』って顔になるし、相手が来るのを待ち構えてる時は、『かかって来い!』って顔になるの」
「二つの絵の違いが、よく分からないんだけど」
選手の一人が、コルティナに質問した。
「よく見てね、微妙な違いは全部で五つ。分かりにくいのは口元の辺りかなー」
「間違い探しやってるんじゃないんだから、早く正解言って」
呑気なやりとりに、他の選手達がどっと笑う。
コルティナが、正解部分にマル印を付けて一通り説明し、
「これは分かり易い例だけど、もっとよく観察すれば、出そうとする技の種類とタイミングが、細かく事前に予想出来る様になるからね。だから、最初の一撃を読み切って、それに応じたカウンター技を瞬時に出せる様になれば、あの殺人鬼を倒すのも夢じゃない、かな」
そう言ってふわふわと微笑むのを見ると、選手達の心の中にも、「勝てるかも」、というやる気が湧き上がって来る。
「さらに今大会、シェルシェを倒した人には、高級ホテルの極上スイーツ食べ放題の特典を付けるから頑張ってねー」
やる気に食欲を追加され、さらにテンションが上がる選手達。
かくして、彼女らはシェルシェ対策に熱心に取り組んだものの、結局大会では誰もこの特典にありつけなかったのは、これまでに述べた通りである。
「現実はスイーツみたいに甘くはなかったねー」
「誰が上手い事言えと」
決勝戦前、コルティナと選手達の間で、そんなやりとりがあったとかなかったとか。




