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今やすっかり「広告業界は私の庭」と言わんばかりにあちこちへふわふわとちょっかいを掛けまくっているコルティナがララメンテ家の自分の部屋で寛いでいたとある晩、突然マントノン家当主のシェルシェから電話が掛かって来た。
「少しいいですか、コルティナ? 例の映画についてお話したい事があるのですが」
抑制の効いた穏やかな声が携帯を通して聞こえて来る。シェルシェがこういう声になるのは説教の前触れである事が多い。
「ちょうど私もシェルシェとお話したかった所だよー。チョイ役とはいえ、自分達が友情出演した映画が大ヒットしてるのは気分がいいよねー」
携帯をスピーカーモードにして机の上に置き、ゆったりと椅子の背にもたれながら、抑制のカケラもないふわふわとした声でこれに応じるコルティナ。もちろんシェルシェの説教を恐れるそぶりなど微塵もない。
「そうですね。流派の垣根を越えて宣伝に協力した甲斐がありました」
「それに流派の垣根を越えた事で、マントノン家寄りの企業も、レングストン家寄りの映画のブームに乗っかる事が出来たしねー」
「ふふふ、それがあなたの真の狙いでしたか?」
「うふふ、私がその手の企業と癒着してたと言いたいのー?」
「そこまでは言ってませんよ。仮にそうだとしても、こちらに何も損失を与えてはいませんし」
「だよねー。マントノン家と縁の深いジュスキャ化粧品もヴェローチェ百貨店もユールズモン宝飾店も、『劇場版エーレマークⅡ』とのコラボを決定したけど、私は一銭ももらってないからねー」
「その三社とも、事前にこちらへ確認を取りに来ましたよ。『競合する他の流派を利する事になりかねない商法ですが、元々この映画自体にマントノン家も協力している訳ですし、今回に限りコラボの許可を頂けないでしょうか』と」
「で、シェルシェは、『ああ? よく聞こえなかったな。すまんが、もう一度大きな声で言ってくれんかのう』と答えて、おもむろに壁にかけてあった真剣に手を伸ばしてー」
「ふふふ、私を何だと思っているのですか、コルティナ。もちろん、すぐに承諾しましたよ。元々許可するまでもない案件ですから」
「でも、シェルシェに挨拶もなしにコラボしたら、『舐めとんのか、ワレェ!』、とカチコミかけるんでしょー?」
「しませんよ。そもそも私自身が映画に出演しているのを棚に上げてそんな事をしたら、自分勝手もいい所でしょう」
「よかったー。カチコミをかけられた企業はいなかったんだー」
「ええ、そんな企業はあなたの脳内にしかありません。ですが、確かに事前に話を通さずに勝手な事をされたなら、少々引っ掛かるのも事実です」
「でもカチコミはよくないよ、カチコミはー」
「ふふふ、カチコミから離れてください。ここからが本題です。最近ネットの投稿サイトで『劇場版エーレマークⅡ』の映像の一部を使用して作られたネタ動画がいくつか見受けられたのですが」
「そういうのはある程度黙認して、好きにやらせておけばいいと思うよー。その手の動画がさらにブームを盛り上げるきっかけにもなりうるしー、何よりネタ動画といえども一つ一つにファンの熱い想いがこもってるからねー」
「問題は、私が出演しているシーンを使用したとあるネタ動画なのです」
「だったら、なおさらスルー推奨だねー。シェルシェの器の大きさを世間にアピール出来るいい機会になるよー」
「ええ、分かってます。ですが問題の動画は私が声を担当したアナウンサーが、映画の台詞とは全く異なる暴言を吐く、という内容のものなのです」
「嘘字幕と並んでネタ動画でよくあるパターンだねー」
「これがその台詞なのですが――」
シェルシェの声に続いて聞こえて来たのは、シェルシェの声に似せて作られたやや不自然な合成音声で、
『番組の途中ですが、お前ら全員死刑』
『番組の途中ですが、私の歌を聞いてください。曲は「そこから飛び降りるか頭をバットでカチ割られるか好きな方を選べ」』
『番組の途中ですが、今から皆さんに最後の一人になるまで殺し合いをしてもらいます』
明らかに「劇場版エーレマークⅡ」のアフレコの時に、コルティナが面白半分で喋っていた台詞そのものだった。
「これらの台詞に聞き覚えはありませんか、コルティナ?」
質問と言うより詰問、もっと言えば「ネタは上がってるから、白状しろ」と迫るシェルシェ。
「さあ? 初めて聞いたよー」
「これらの動画を作って匿名で投稿したのはあなたですね?」
「んー、何のことかなー? うふふふふ」
バレているのは百も承知ですっとぼけるコルティナ。
結局動画はそのままで、削除される事はなかった。