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こうして延期に延期を重ねている「劇場版エーレマークⅡ」のアフレコも無事終了し、完成までもう一息という所まで来たものの、ランゲ監督以外の製作スタッフ達の胸中には、
「大カリカリ魔竜のデザインにクレームがついて、公開中止に追い込まれないだろうか」
という拭いきれない不安が、まだ解体されない時限爆弾の様に残っていた。
前述した通り、大カリカリ魔竜はとある世界的に有名なサムライの国の特撮映画の怪獣のデザインに酷似しており、さらにその怪獣を擁する映画会社は著作権に厳しい事でも世界的に有名である。
皆の反対を押し切ってこのデザインをゴリ押したランゲ監督は「細かい点で違うから大丈夫」と楽観しているが、良く考えるまでもなく、「こんな危険なデザインが大丈夫な訳ないだろう」という事は火を見るより明らかだった。
にも拘わらず、そのデザインを少しでも本家から遠ざけようとするどころか、逆に本家と見紛う程に似せる努力をしてしまった辺り、徹夜続きの修羅場が製作スタッフ達の判断力を狂わせていたのだろう。もちろん今から大カリカリ魔竜のデザインを変更する事など不可能である。
アフレコ終了の喜びから一転して、急に怖い考えに陥ってしまった一部のスタッフ達が不安を口にし始めると、
「あー、それなら大丈夫ですよー。不安なら事前に話を通しておけば、問題ありませーん」
部外者のコルティナがふわふわと口を挟んで来た。
「今から間に合うでしょうか? もし話が通らず、許可が下りなかったら?」
青ざめたスタッフの一人がそう言うと、
「皆さん知っての通り、私が懇意にさせていただいているアトレビド社は、サムライの国の色々なお菓子メーカーと提携してるんですよー。
「その中の一つはサムライの国の子供向けの特撮やアニメ番組のスポンサーをよくやっている関係でー、あの三首竜の著作権を持っている会社にとって、古くからの超重要なお得意さんだったりしますー。
「なのでー、そのお菓子メーカーのお偉いさんに話を通してもらえば、すぐに公認してもらえると思いますー。今からお願いしてみましょうかー?」
ふわふわととんでもない事を言い出しつつ、自分の携帯を取り出すコルティナ。
「ぜひ、お願いします!」
シェルシェに挨拶すべくこのスタジオまでやって来て、そのまま残って最後までアフレコを見学していたアニメ製作会社のお偉いさんの一人がコルティナの前に飛び出した。
「じゃあ、ちょっと電話して来ますねー」
「何でしたら、私も交渉に参加しますが」
「いえ、私一人で大丈夫ですよー。すぐに済みますー」
そう言って、携帯片手にふわふわと廊下に出て行くコルティナ。
五分程して戻って来ると、
「お願いしておきましたー。遅くとも三日後には、正式に認可してもらえると思いますー」
とんでもない事をふわふわとした笑顔で言ってのけ、その場にいた人々は一斉にどよめいた。このふわふわ魔女は一体どれだけ太くて多岐に亘る業界とのパイプを持っているのだろう。
感激したランゲ監督はコルティナの手を取って、
「ありがとうございます、コルティナさん! 確かに子供向け作品を作る側は、お菓子メーカーと玩具メーカーに逆らえません! 特に玩具メーカー!」
感激の余り、過去に何かあったであろう玩具メーカーとの確執を匂わせるおかしな発言をしてしまった。




