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試合開始直後、剣を中段に構えて静かに相手の様子を窺うシェルシェと、同じく剣を中段に構えてはいるものの、どこか緊張感がないコルティナが、間合いを取って対峙する。
まずシェルシェの方から不意に飛び込んで、目にも止まらぬ素早い一撃で頭部を狙ったが、コルティナはこれを予期していたかの様に、剣を横に持ち上げて難なくブロック。
シェルシェは、さらにそこから他の部位を狙って、二撃、三撃、四撃と一息の内に繰り出すも、コルティナは調子の悪い車のワイパーの様に剣を左右に緩く振って、それら全てを防ぎ切る。
そのまま鍔迫り合いにもつれ込んだ後、両者はお互いにゆっくりと離れ、間合いを取って再び対峙。
それからしばらくの間、シェルシェが突然仕掛け、コルティナがそれをふわふわと阻止する展開が数回繰り返された。
「勢いに乗って、このままシェルシェがあっさり優勝してしまうだろう」、と予想していた多くの観衆は、ここでようやく違和感に気付き、「何でコルティナには全く攻撃が通じないんだろう」、と首をかしげ始める。
「コルティナは、シェルシェが攻撃に転じるタイミングを、完全に読んでいるのよ」
双眼鏡で試合に見入っていたエーレが、そのままの姿勢で、周りの道場生達に解説する。
先の大会決勝でシェルシェに敗れたティーフは、
「信じられない。シェルシェさんの動きは、そう易々と読み切れる様なものじゃない」
と、自身の経験から反論した。
「表情の微かな変化を研究したのよ。この前の大会では、試合中のシェルシェの顔を、ずっと観察してたらしいわ」
その場にいたレングストン家の道場生一同は、エーレの言葉に軽く驚いたが、
「まるで、似顔絵描き屋さんみたいにね」
付け加えた例えが妙に可愛らしかったので、ついほのぼのとしてしまうのだった。
やっぱり、ウチのお嬢様は可愛いなぁ、と。
でも、そんな可愛いエーレをいつかホラー映画鑑賞会に引き摺りこむつもりである事に変わりはない。
正に外道。




