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青白い炎に包まれた巨大な竜の生首が赤い目を爛々と輝かせつつ鋭い牙を持った口を開けて自分のすぐ目の前に迫って来たらどんな気分だろうか。
どんな気分であれ、一秒でも早くそんな場所から逃げ出したくなる事だけは間違いない。
しかし今、正にそんな場所にいるエーレは逃げ出す事なく、逆にツンデーレマークⅡを竜の生首こと頭部三号へ突撃させた。
「秘剣、『ホットケーキ返し』!」
手首のスナップを利かせてフライパンから宙に放り上げたホットケーキの様にくるりと縦に一回転し、頭部三号の眉間を右手に構えた長剣で斬り裂こうとするツンデーレマークⅡ。
が、さっき頭部三号に咬まれた右手首の傷からショートした家電製品の様にバチバチと火花が噴き出して急に指に力が入らなくなってしまい、長剣の刃はきれいな弧でなく、ぐにゃりとした力の無い軌道を描き、中途半端に頭部三号の額をかすめるだけに終わる。
ホットケーキ返しを失敗したツンデーレマークⅡは、放り上げる際にスナップを利かせ過ぎたホットケーキよろしくあさっての方向に飛んで行きながらも、
「左右の剣を持ち替えて、マークⅡ!」
エーレの指示に従い、ダイスをカップに投入するディーラーの様に素早く両手を正面でクロスさせ、剣を持つ手の左右を入れ替えた。
無傷の左手に移った長剣を頭上に構えたツンデーレマークⅡを、
「これでもう一度『ホットケーキ返し』よ!」
急旋回させて再び頭部三号へ突撃させるエーレ。都合のいい事に、敵の背後の死角から後頭部を狙える絶好のポジションである。
しかしよく見ると、背後の死角から後頭部へ向かっていたのはツンデーレマークⅡだけではなかった。
「神である私は生きている限り、戦わねばならんのだ!」
最初に乗っていた頭部一号を撃破され、次に乗り換えた頭部二号を頭部三号の誘導ミスで大破させ、挙句暴走した頭部三号に二度も食われそうになり、その二度とも敵であるツンデーレマークⅡに救われるという、物語が進むにつれてヘタレ度が上昇する情けない残念ラスボスと成り果てたカリカリ博士が、性懲りも無く頭部三号へ乗り移ろうとしていたのである。
「何フラフラ戻って来てんのよ、あのバカ!」
「生首に気付かれたら、今度こそ命が無いわ!」
驚き呆れつつもカリカリ博士を保護しようと急ぐエーレとツンデーレマークⅡ。
そんな二人の努力も空しく、「だるまさんがころんだ」状態で背後からそーっと近づいていたカリカリ博士に対して突然くるっと振り向く頭部三号。カリカリ博士、アウトー。
青白い炎に包まれた巨大な竜の生首が赤い目を爛々と輝かせつつ鋭い牙を持った口を開けて自分のすぐ目の前に迫って来る、という絶望的状況の下、
「この私が持たん時が来ているのかああっ!?」
動揺しておかしな台詞を口走った直後に自分が作った頭部三号にパックンと食われ、カリカリ博士は間抜けな最期を遂げたのだった。
このシーンについて、
「『自分の行った悪事によって逆に自分が倒される』という因果応報な最期こそ、悪の首領の王道ですね!」
興奮気味に解説するランゲ監督に対し、本物のエーレは、
「どちらかと言うと、『試合開始直前にすべって転んで負傷してそのまま担架で運ばれて不戦敗』という珍事に近いのでは」
そんな事を冷静に考えていた。




