◆572◆
交通誘導員が自ら誘導した車にうっかり轢かれてしまう様な自爆的アクシデントにより、戦わずして行動不能に陥った頭部二号のハッチが開くと、長短二本のエーレニウム粒子増幅装置を小脇に抱えたカリカリ博士が這い出て、轢き逃げした車、もとい勢い余って飛んで行った頭部三号の後を追った。
「また生首を乗り換えるつもり?」
「諦めの悪い奴ね!」
生首乗り換えを阻止すべく、さらにそのカリカリ博士の後を追うエーレとツンデーレマークⅡ。
速度的には断然ツンデーレマークⅡの方が勝っているので、カリカリ博士はすぐにも捕まるはずだったが、ここで先頭を飛んでいた頭部三号が突然のUターン。
大きな口を開いて真正面から猛スピードで突進して来る巨大な竜の生首を目の当たりにして、
「しまった、AIの暴走か!」
ようやく自分が捕食対象となった事に気付く、間抜けにも程があるカリカリ博士。
避ける暇も無くこのままパックリ食われてしまうのか、と思われたその時、ツンデーレマークⅡがカリカリ博士の頭上を飛び越え、頭部三号の側頭部に回し蹴りを食らわせた。
蹴られた頭部三号があさっての方向にコースアウトした隙に、ツンデーレマークⅡの腹部のハッチを開け、九死に一生を得たカリカリ博士に向かって、
「早くこっちに乗って!」
と叫ぶエーレ。もちろん宇宙空間では声が届かないので手招きでその意を伝えている。
恥も外聞も無くその招きに応じ、ツンデーレマークⅡのコックピットに飛び込むカリカリ博士。
ハッチが閉まり、流出した分の空気が再びコックピット内に戻されてから、
「私達があの生首をやっつけてる間、あんたはそこで大人しくしてなさい!」
自分が座っているシートの後ろを指差すエーレ。
大人しくその指示に従い、エーレの背後に回り込んでから、
「なぜ……私を助けた?」
神妙な顔で尋ねるカリカリ博士。
「助けたんじゃないわ、逮捕しただけよ!」
振り返らずにそう答えるツンデレ全開のエーレ。
「そうか……」
危うい所を助けられてようやく自分の罪を反省した、かと思いきや、小脇に抱えていた二本のエーレニウム粒子増幅装置の長い方を右手に持って頭上に振りかぶり、
「この機体もらったああああ!」
と叫びながらエーレの後頭部に何のためらいもなく振り下ろすカリカリ博士。ちっとも反省してません。
しかしその攻撃が自分に届く前に、素早く身を起こしつつ床に差してあった自前のエーレニウム粒子増幅装置の長い方を引き抜き、振り向きざま、目にも止まらぬ速さでカリカリ博士の脇腹を横薙ぎに打つエーレ。
「ぐはあっ!」
苦痛のうめき声と共にコックピットの壁に叩きつけられてひしゃげるカリカリ博士。とても痛そう。
「素人が私に剣で挑もうだなんて、バカなの、死ぬの?」
そう言って再びシートに座り、無駄の無いきれいな所作でエーレニウム粒子増幅装置を元の位置に戻すエーレ。
「くっ、ならば!」
激痛をこらえつつ壁に設置されていた緊急脱出用の赤いボタンを拳で叩いてハッチを開き、外に向かって勢い良く流出する空気の流れに乗って、あたかも掃除機に吸い込まれるゴミの様に宇宙空間へ脱出するカリカリ博士。
「あ、こら! 待ちなさい!」
そう怒鳴ったものの、空気の流出を止める為、やむを得ずハッチを閉めるエーレ。
カリカリ博士は背中のジェットを噴射して体の向きを変え、
「あのミサイルさえあれば、まだ人類の粛清は可能だ!」
今度は放置されていた大カリカリ魔竜の胴体を目指して飛んで行く。この期に及んでも、まだ粛清を諦めていないらしい。
「でもあいつ、増幅装置を二本とも置き忘れて行ったわよ」
呆れ気味にそう言って、コックピット内にふわふわと浮かんでいた長短二本のエーレニウム粒子増幅装置を回収すべく手を伸ばすエーレ。
「まあ、元々ウチの物だし。わざわざ返しに来てくれた様なものね」
財布を持たずに買い物に出かけてしまった主婦よろしく肝心な物を忘れて飛んで行ったカリカリ博士の後を追うツンデーレマークⅡ。