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選手が防護マスクの下でどんな表情をしているのか、観客席からはほとんど読み取れない。
自然、防護マスクを被る前の表情の印象がそのまま引き継がれ、シェルシェの穏やかで品のある笑顔と、コルティナの純真無垢でふわふわした笑顔とが相対するイメージで、大半の観客は試合を見る事になる。
ああ、何て優雅な美人お嬢様対決。
こんな殺風景な会場ではなく、色とりどりの花が咲き乱れる庭園で、実用的で地味な防具の代わりに、そのまま舞踏会に行ってもおかしくない豪華絢爛なドレスに身を包んで試合をした方が、よっぽど似つかわしいだろうに。
つい、そんな妄想が捗ってしまう。
しかし、双眼鏡で両選手の表情をつぶさに観察していたエーレは、獲物を虎視眈眈と狙う魔物そのままの狂気を帯びたシェルシェの笑顔と、そんな魔物を目の前にして顔色一つ変えずふわふわしていられるのが却って不気味なコルティナの笑顔を見て、
「まるで化物対化物の戦いね」
と、ぽつりと呟いた。
「VSモノ?」
「別々のホラー映画の怪物を戦わせる企画のアレ?」
「設定が滅茶苦茶になるけど、結構面白いよね」
周りでレングストン家の道場生達が、楽しそうにホラー映画談議を始めそうになったのを、
「皆もこの試合はしっかり見ておいた方がいいわよ。特にコルティナは、今までの試合で隠していた一面を見せるに違いないから」
と、話題をさりげなく逸らそうと試みる、怖がりのエーレ。もちろんその意図する所は、道場生達にはバレバレである。
彼女らの、あえて気付かないフリをしてあげる優しさと、いずれエーレを騙してホラー映画鑑賞会を開きたいという邪念はさておき、いよいよ決勝戦が始まった。