◆561◆
「さりとて私も鬼ではない。粛清を決行するまでに三日間の猶予を与えよう! その間に家族や恋人や友人との別れを済ませておくがいい」
傲慢を通り越して、もはやギャグとしか思えないカリカリ博士の演説に、もちろん誰一人として感動する訳も無く、
「たった三日かよ!」
「十分鬼だ!」
「ブラック企業の一年間の休日じゃねえんだぞ!」
人々の心には不信と不支持と不快感が黒雲の様に湧きあがり、カリカリ団のメンバーだった者達でさえも、
「投降します」
「知ってる事全部話します」
「あんなのだと知ってたら、団員全員で力を合わせて奴をあのロボットごと海の底に沈めとくんでした」
次々と自主的に投降し始め、警察と軍に積極的に協力を申し出る始末。
当のカリカリ博士はと言えば、そんな部下達の造反など全く気にする様子もなく、
「人類の神となった私から、諸君に最後の言葉を贈ろう」
最後まで自分に酔い痴れながら、
「『死ねえええっ!』」
よりによってそれかよ、と誰もが思った一言で、この訳の分からない演説を終了した。
同時に、演説を中継していた諸々の通信網も正常な状態に回復し、
「作業用モニターも元に戻った様だ。作業を続けよう」
そう言って、何事も無かったかの様に淡々とツンデーレマークⅡの改装作業を再開するムート。
「大丈夫ですか、お父様? 三日で間に合いますか?」
締め切り間際の漫画家へ原稿の進行状況を尋ねる編集者の様に不安そうな口調で問うエーレ。
「心配するな、奴の所まで行くには一日もあれば十分だ。これを見るがいい」
ムートがキーボードを操作するとモニター画面が切り替わり、一方の端面が大きな格子の扉で、残り三つの側面には空気穴がたくさん空いている、スカスカで風通しがよさげな白い工具箱の様な物体が映し出された。
「犬や猫を入れるのに使うキャリーバッグがどうかしましたか」
父のボケに慣れているエーレが冷静に突っ込みを入れる。
「違う。これこそツンデーレマークⅡを宇宙に運ぶ輸送機だ!」
画像を拡大すると、キャリーバッグに見えた物体の横に小さく父ムートが誇らしげに立っているのが確認出来た。
「サイズでかっ!」
思わず素っ頓狂な声を出してしまうエーレ。
「この輸送機に、ツンデーレマークⅡをこんな具合に搭載する」
ムートがキーボードを操作すると、今度は輸送機の映像が写真から3DCGモデルに切り替わった。
そこへ同じく3DCGモデルのツンデーレマークⅡがトコトコと歩いて来て、格子扉を開けてから四つん這いになって輸送機の中に潜り込み、中でぐるっと反転してこちらに顔を向け、そのまま床に伏せて香箱座りになる。
格子扉が自動的に閉まり、お出かけモードの猫よろしくツンデーレマークⅡが収納されると、輸送機は金色に輝き、底面からきらきら光る粒子を放出しながら画面上方に飛んで行った。
「どうだ、すごく可愛いだろう」
誇らしげに言う父ムートに向かって、
「それだけの為にわざわざキャリーバッグの形にしたんですか!」
ちょっと乱暴な突っ込みを入れてしまうエーレ。
この輸送機について、
「小さい子供は犬とか猫とか大好きですから! メカのデザインもそれにちなんだ物にするのは王道です!」
かなり気に入っているのか、ちょっと楽しそうに解説するランゲ監督。
「輸送機のデザインが可愛らし過ぎて、これから戦う敵ロボットの禍々しさと釣り合いが取れてない気が」
そう思ったもののロボ物に関しては門外漢という自覚があるので、自重して口には出さない事にする本物のエーレ。