◆55◆
ホラー映画の主役は基本、襲う側の怪物や殺人鬼である。
平和を謳歌する人々が集まっている場所に突如現れ、直接恨みのない彼らを次々と殺しまくり、その際に見せる不死身と無敵振りで観客を魅了するのだ。
そんな訳で今、ララメンテ家の全国大会は、シェルシェ・マントノンという魔物が主役のホラー映画と化している。
シェルシェが圧倒的な強さを見せる度に、観客は喝采し、これを迎え撃たんとするもことごとく倒されていくララメンテ家の選手達は、その引き立て役にされ、さぞ面白くなかろうと思いきや、
「怖かったー。本当に予想以上」
「試合中のシェルシェさんのあの狂気の表情を間近に見られて、ラッキーだった」
「映画だと、どうしても他人事に思っちゃうけど、こっちは殺人鬼とリアルに相対出来るからね」
フィクションと現実を隔てる第四の壁を壊して直接襲って来る魔物の迫力に、むしろ観客の一人として喜んでいる節すらあった。
何にせよ、強くて怖い相手に対し、萎縮せずに戦えた事は、ホラー映画鑑賞会の成果と言っていいかもしれない。
しかし、シェルシェも楽勝していた訳ではなく、シェルシェ個人への対策が十分に研究されていた為か、今一つ技が素直に決まらない事が多く、レングストン家の大会の時よりやりづらそうにしている感が否めない。
素直に決まらなくても、すぐに別の技で仕留めてしまうので、傍目には華麗な勝利に見えていたのだが。
「威嚇もフェイントも挑発もあまり効いてないわね、ララメンテ家の選手には。皆、妙にリラックスしていて、シェルシェの動きにもかなり対処出来てるし」
客席から試合を冷静に見ていたエーレが、そんな感想を漏らす。
それを聞いてティーフは、先の大会決勝でシェルシェに怖気づいてしまった己を少し恥じたのか、
「確かに精神面は大事だ。ララメンテ家の道場では、その辺の対策がよく出来ているらしい」
と、悔しそうに言ってから、
「ウチでも、ララメンテ家流のメンタルトレーニング法を採り入れないか? とりあえず、ホラー映画の鑑賞会を定期的に開いてはどうだろう」
エーレの背筋を凍りつかせる様な事を提案した。
「そんな非科学的で効果が怪しいトレーニング法は、レングストン家では断じて採用しないわ。絶対に!」
当然エーレは、険しくも少し怯えが垣間見える表情で、これを拒否。
しかし周囲にいたレングストン家の道場生達は、
「ホラー映画を怖がるエーレは、さぞかし可愛いだろうなぁ」
などと、不埒な事を考えていた。
エーレ、大ピンチ。