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突如来襲した五人の戦闘員を全て倒しきったエーレが、ふと我に返ると、
「――つまり、この巨大ロボとお前は姉妹なのだ!」
元いた場所の方から、一時停止するのを忘れていた解説動画の音声が聞こえて来た。
「ちょっと目を離しただけで、もう話について行けなくなってるんですけど、お父様!」
遠くから律義に突っ込みを入れつつ、
「それより敵がここに来たって事は、上の道場にいる皆が危ない!」
父ムートが一生懸命作ったと思しき解説動画を放置して、二剣を手にしたまま非常階段の方へと駆け出すエーレ。
と、その時、
「待って、道場の方は大丈夫! ここに来た敵はその五人だけだから!」
格納庫全体にエコーの掛かった女の子の声が響き渡った。エーレがここへ来る前、地下倉庫で聞いたのと同じ声である。
「誰!?」
立ち止まり、振り返って格納庫内を見渡すエーレ。特に女の子の姿は見当たらない。
「私はあなたの目の前に立っている巨大ロボットよ! ここからいつも上の様子をモニターしているの! 道場に敵が来ている様子はないから安心して!」
エーレが見上げると、なるほど女の子の声の強弱に合わせて巨大ロボの目が点滅している。分かり易い。
「あなた、しゃべれるの?」
尋ねつつ、巨大ロボの前まで走って来るエーレ。
「ええ、私は高性能AIを搭載しているから、自分で考える事も動く事も出来るわ」
「すごいのね」
改めてこの巨大ロボを驚嘆の眼差しで見上げるエーレ。
「ちなみにこの思考と運動のパターンは、道場にいるあなたをモニターして学習したものよ」
「私がお手本!?」
「そう。だから、私はあなた。もっと正確には姉妹の様なものかしら。お父様は私を『エーレマークⅡ』と呼んでいるわ」
「また勝手に私の名前を付けてるし、お父様!」
「本当に困りものよね。でも今はそんな事言ってる場合じゃないわ! 早く私に乗って、エーレ!」
「乗る? どうして?」
「あなたの持っているその二本の剣が私の起動キーになっているの。それをコックピットに差し込まないと、私は動けないのよ!」
直立不動のまま目を点滅させて訴えるエーレマークⅡ。
「車のキーと同じなのね」
「それに、自分で考えて動けると言っても、AIの処理速度には限界があるわ。だから、あなたが私を直接操縦した方が素早く動けるの!」
「操縦って、私、ロボットなんか操縦した事ないわよ!」
「大丈夫、乗ってからおいおい説明するし、操縦し易い様にこちらで操作法をカスタマイズ出来るから!」
「そんな無茶振りな!」
「さっきも言ったでしょう、『私はあなた』って! 思考パターンは同じだから、すぐに理解出来るわ!」
「まあ、同じなら何とかなるかもしれないけど……でも、私に一体何をさせる気?」
「今エディリアを蹂躙しているカリカリ団の巨大ロボットを全部倒すのよ! 一つ残らず!」
しばし見つめ合うエーレとエーレマークⅡ。同じ思考パターンなだけあって、お互いにそれ以上の余計な言葉を交わす必要は無く、
「分かったわ! 二人でエディリアを救いましょう!」
エーレはエーレマークⅡに乗って悪と戦う事を快諾する。
「じゃあ、早速コックピットに上がって来て、エーレ!」
腹の辺りにあるコックピットのハッチを開くエーレマークⅡ。そこは何とかキーなしでも動かせるらしい。
「位置が高過ぎるわ! ハシゴとかないの?」
当然の要求を口にするちっちゃなエーレ。
「移動式クレーンが来るから、そのまま待ってて!」
エーレマークⅡが答えると同時に、格納庫の端からウィーンと音を立てて、ロープで吊るされている二本のくの字型アームが付いた円盤が天井のレールに沿って飛来して来た。
円盤はちっちゃなエーレの遥か上空まで来ると、今度は下降を始め、
「え、何これ」
不安そうに見上げているエーレの頭のすぐ上で停止し、二本のアームを閉じてエーレの襟首をがっちりつかみ、そのまま上昇する。
「な、何すんのよ!」
クレーンは、母猫に首の後を咥えられて運ばれている子猫状態のエーレをエーレマークⅡの胸元まで持ち上げ、開いているハッチからコックピットに、ぽい、と放りこんだ。
「私はクレーンゲームの景品か!」
ひらりと体をひねってコックピットに着座しつつ、突っ込みを入れるエーレ。
「分かってると思うけど、この搭乗方法を考えたの、お父様だから」
ちょっと同情気味の口調でそう言って、ハッチを閉じるエーレマークⅡ。
このどこか間の抜けた搭乗シーンについて、
「父が作ったロボットに主人公が搭乗する――これこそロボットものの王道です!」
拳を握りしめて力説するランゲ監督と、それを聞いてウンウンと頷くスタッフ一同。
しかし、エーレマークⅡの声を担当している本物のエーレは、アフレコに入る前、
「父が作ったロボットにだけは絶対乗りたくないです」
そんな嘘偽りの無い本音を周囲に漏らしていた。