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「『劇場版エーレマークⅡ』の基本的なストーリーの流れは、十七年前のエディリア内戦、もっと言えばその発端となった反政府派のクーデターを参考にしています。一見すると他愛のない子供向け映画ですが、一緒に観ている大人も『ああ、あの時のアレが元ネタか』と深読みして楽しめる構造になっているんです!」
ランゲ監督の言う通り、実際のクーデターでは反政府派が行っていた襲撃を、悪のロボット軍団が代行する場面が続く。まずはエディリア議会の占拠から。
議員の一人が演説中、突如、建物の壁を突き破って巨大な悪のロボットが登場。銃を構えて、
「動くな! 諸君には我々の人質になってもらう!」
と宣言。今まで偉そうに演説していた議員が態度を一変させ、
「ひいいっ! 助けてくれえっ!」
情けない悲鳴を上げつつ逃亡を図るも、すかさず悪のロボットが銃からレーザーを発射し、出口の上の壁を破壊。崩れ落ちた壁に塞がれたドアの前で立ちすくむ逃亡議員。さらに一拍置いて、壁の破片がコントのオチで使われるタライよろしく脳天に落下し、
「ぶぎゃっ!」
おかしな悲鳴と共に気を失ってバッタリと倒れる哀れな議員。
「シリアスなシーンでもコミカルを忘れない。それが子供の興味を惹きつける秘訣です!」
子供の飽きっぽさをよく分かっているランゲ監督。
場面替わって大統領官邸。こちらは既に占拠が完了しているらしく、官邸を取り巻く様にして悪のロボット軍団が銃を構える中、
「まさかこんな事が現実に起こるとは……一体警視庁は何をしているんだ!」
執務室から出るに出られない大統領が窓の外の巨大ロボットを忌々しげに睨みつつ、警視庁に八つ当たり。
この辺り、実際のクーデターではもっと血なまぐさい展開だったのが、かなりマイルドに改変されている。
「子供向け映画ですから、流血シーンは控えめにしましょう!」
映画を観ている間は子供達に楽しい時間を過ごして欲しい、と切に願うランゲ監督。
次にその警視庁に場面が切り替わり、正面玄関の前で守衛の代わりに悪のロボットが立っているというシュールなカットを一度挟んだ後、建物の内部でロープで縛られて床に座らされている警官達を、黒いズボンに黒いジャンパーに黒いヘルメットに黒いサングラスという見るからに悪い奴らが、銃を持って監視しているシーンが映し出される。
「おまわりさんと凶悪犯の立場が逆転しているこの光景に、子供も大人も思わずニッコリですね!」
何か警察に恨みでもあるのか、さも愉快そうに語るランゲ監督。
また、放送局の占拠については悪のロボット軍団に襲撃されている場面を直接描かず、街中のビルの壁面に設置されている大型スクリーンに映し出されていたテレビドラマが、突然臨時ニュースに切り替わり、
「番組の途中ですが、エディリア共和国の皆さんにお知らせします。つい先程、現政権は消滅しました。全ての権限はこれから発足する新政権に順次移行される予定です」
女性アナウンサーがこの臨時ニュースを淡々と読み上げる場面で表現している。
ちなみにこの大型スクリーンにでかでかと映るアナウンサーの声を演じたのが、他ならぬシェルシェ・マントノンその人だった。
「出番はほんの十数秒ですが、女性アナウンサーの容貌も本物のシェルシェさんに似せているので、映画を観ている子供達も『あ、シェルシェの声だ!』とすぐ分かる親切な作りになっています」
このランゲ監督の仕掛けに便乗して、
「これはいい素材ですねー。シェルシェの台詞を改変した面白動画を作って映像特典にしたらどうでしょー?」
よからぬ事を嬉々として提案するコルティナ。
「ほう、どんな感じで?」
「『番組の途中ですが、お前ら全員死刑』とか、『番組の途中ですが、私の歌を聞いてください。曲は「そこから飛び降りるか頭をバットでカチ割られるか好きな方を選べ」』とか、『番組の途中ですが、今から皆さんに最後の一人になるまで殺し合いをしてもらいます』とかー」
シェルシェ本人がいないのをいい事に、悪趣味かつしょうもないジョークを連発するコルティナに対し、
「絶対無理です! そんな事をしたが最後、映画だけでなく私の監督生命が色々な意味で終わります!」
この場にシェルシェ本人がいない事にホッとしつつも流石に少し肝を冷やすランゲ監督。




