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逃げ足道場 番外編 ~ウチの女当主が怖過ぎる件について~  作者: 真宵 駆
◆◆第十八章◆◆ ちっちゃな剣士が操縦する巨大ロボットについてⅡ 「本編」

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◆538◆

 それから三日後、忙しい合間を縫って「劇場版エーレマークⅡ」にほんの一言二言の台詞を吹き込む為だけに収録スタジオに現れたシェルシェは、映画製作スタッフ一同から異様な緊張感と共に迎えられた。


 十九歳にして既にエディリアの重要人物と目される魔物、もとい大物の到来とあって、普段アフレコには滅多に顔を出さない各業界のお偉方までここぞとばかりにご機嫌伺いにやって来て、十重二十重にシェルシェを取り巻く光景に、


「私達とはえらく扱いが違うわね。流石、政財界とも太いパイプのある業界トップの女当主だわ」


 いつまで経ってもスタッフ一同から仕事場に紛れこんだ小型愛玩犬扱いされているちっちゃな癒し系エーレと、


「うふふ、どっちかと言うとマフィアのボスみたいだけどねー。裏切り者をバットで撲殺する系の」


 いつの間にかすっかりスタッフ一同の中に何の違和感もなく紛れ込んでいる別の意味で大物なコルティナは、そんな感想を述べ合った。


「ふふふ、誰がバットで撲殺する系ですか、コルティナ?」


 取り巻きとの応対と製作スタッフ一同への挨拶を済ませたシェルシェが、この二人の親友の元に妖しい笑顔でやって来る。


「うふふ、冗談だよー。シェルシェは生かさず殺さず、とことん追い詰めて心をへし折るタイプだよねー」


 ふわふわとした笑顔でまったくフォローになっていないフォローを入れるコルティナ。


「ふふふ、空に浮かぶ雲の様にふわふわなあなたの心をへし折るのは私にも無理ですよ」


 そんな二人の大物の間に割って入り、


「はいはい、二人共、いつもの三人だけのプライベートなお茶会じゃないんだから、不穏なやりとりはやめなさい」


 大事な収録を前に周囲に気を遣うエーレ。犬は結構場の空気を読むものである。


「では、早速ですが、シェルシェさんのシーンからお願いします」


 恐る恐る音響スタッフが促すと、


「はい、分かりました。割り込む様で申し訳ありませんが、お先に演らせて頂きます。この後、どうしても外せない用事が入ってしまいまして」


 シェルシェは微笑みながら皆に一言詫びを入れ、同じくそのシーンに台詞があるプロの声優二人と共に収録ブースの中に入って行った。


 ほんの短い台詞という事もあり、シェルシェは手にした台本をほとんど見ずに、目の前に設置されている大きな液晶モニターに映し出されたキャラの動きに合わせてほぼ完璧に演技をこなし、引き続き宣伝に使う写真をプロの声優及びエーレ、コルティナらと一緒に撮影してから、


「では、これで失礼します。『劇場版エーレマークⅡ』の完成を、私も出演者の一人として楽しみにしていますね」


 そう言って、笑顔で早々と収録スタジオを後にする。


 しかしシェルシェが去ってからも、一度こじれた異様な空気は中々元に戻らず、


「やっぱり、シェルシェが来るとマフィアの集会並の張り詰めた雰囲気になっちゃうねー」


 緊張をほぐすつもりか、誰もが遠慮して言わなかった事をふわふわと言ってのけるコルティナ。


 しかし、ここでうっかり同意してしまったが最後、巡り巡って後の出世に響くのではないか、と不安になったのか、どこか引きつった感じで軽い愛想笑いに留めるスタッフ一同。


 その場にいてもいなくても人々の心に得体の知れない恐れを抱かせるマフィア、もといシェルシェだった。

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