◆531◆
観客席のあちこちに多数掲げられている「エーレマークⅡ」と「八代目ふわふわ魔女」のイラストが描かれた応援旗が示す通り、今日の大会の関心もこの二人の活躍に一極集中していた。おそらく観客の大半は、この二人以外の出場選手の名前や戦績など全く知らず、道端のあちこちに生えている雑草程度の認識しかないのであろう。
しかしその「雑草」たるや、レングストン家の内部ではそれなりに名の知れたベテランの精鋭揃いであり、さらに早い段階から、「八代目ふわふわ魔女」ことコルティナを倒す為の対策も最新VR機器等を使って十全に練っている。
「さて、名に聞く『八代目ふわふわ魔女』のお手並み拝見と行きましょうか」
「油断は禁物よ。普段の言動はアレでも、剣の『読み』に関しては文字通りの魔女だから」
「腕が鳴るわ。年齢が三つ以上離れてると、試合する機会がなかったからねえ」
試合を前にして気炎を上げる、十九歳のコルティナと三つどころか下手すると一回り以上離れたおばちゃ、もといベテラン勢。
対するふわふわ魔女はいつも通りのふわふわで気合いの欠片も感じられず、春の穏やかな日射しの中でそよ風にふわふわと舞うスーパーのレジ袋といった風情。
そんな「気合いの入った精鋭」対「気合いの欠片もないレジ袋」の試合は、レジ袋が精鋭を翻弄する形でじわじわと勝ち進み、
「VRとは勝手が違うわ。CGのコルティナはこちらの動きを読んで来ないもの」
レジ袋に敗北した精鋭の一人は試合後、仲間達にそんな事をぽつりと漏らしていた。
なまじ名の知れたベテランだけに過去の試合データも豊富で、且つベテラン故にその戦法も若手と違って固定されている傾向がある為、
「こちらの手の内を見透かされてる感じね。どこに打っても当たる気がしない」
稀代の分析眼を持つレジ袋相手では、その年の功を十分に活かす事が出来なかった模様である。
しかしそんなレジ袋も、幼、もとい若く成長著しい相手には勝手が違ったのか、決勝戦では気合い十分のちっちゃなエーレに敗れてしまう。レジ袋だけに。
試合後、互いの健闘を称えて抱き合うと見せかけて変な所を触ろうとするコルティナに対し、
「今回初めてあなたと戦ったウチの先輩達は皆、あなたの『分析眼』に感心していたわ」
必死に抵抗しながらエーレが言う。
「それだけ、あの人達の過去のデータがばっちり揃ってたって事だよー。世間一般はともかく、剣術をある程度やってる人なら、お手合わせを願えるだけで光栄な選手ばかりだものー」
それでもしつこく変な所を触ろうとしながら殊勝な事を言うコルティナ。
「こちらも異口同音に同じ事を言ってたわ。『あの子と戦えて、とても幸運だった』とね」
「剣士冥利に尽きるねー。じゃあ、特別に今から申請してもウチの大会の一般の部に出られる様に便宜を計らおうかー?」
「勝手に協定を破るとシェルシェに怒られるわよ。残念だけど、大人の事情は大人の事情として割り切りましょう」
「で、エーレはエーヴィヒさんとどこまで大人になったのー?」
「やかましいわ!」
「冗談だよー。そういう事は察するに留めてニヤニヤするだけにしとくからー」
「余計タチ悪いわ!」
「ともかく、勝者の権限である優勝インタビューは私の分まで頑張ってねー。ちゃんと『劇場版エーレマークⅡ』を宣伝するんだよー」
「分かってるわ。これも浮世の義理ってやつね」
「よければ、用意しておいたとっておきのネタを譲るけどー?」
「いらない」
「『ハイ、メアリー。これから映画館に行くんだけど、君も一緒に来ないかい?』、『まあ、素敵ねジョージ。何を観に行くの?』」
「いらないから! それと、なんでインタビューなのにコントのノリなのよ!」
結局そのしょうもないネタを最後まで聞かされた挙句、オチでうかつにも噴いてしまい、ちょっと悔しいエーレだった。