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レングストン家の大会において中学生の部を制したパティに続き、さらに高校生の部を制してマントノン家の意地を見せてやる、と意気込む「巨大怪獣」ことミノン。
その成長期真っ盛りの年々大きくなる体で上段に高く剣を構える姿にはどこか神々しさすら感じられ、観客席からは、
「これだけ離れててもあれだけ大きく見えるんだから、間近で対戦してる相手にはもっと大きく見えてるんだろうな」
「物理的にはもちろん、心理的にもかなり大きく見えてるに違いない。強い奴って実体以上に大きく感じるもんだし」
「王者の貫録ってか。いや、怪獣だから、怪獣王の貫録か」
十七歳の花も恥じらう乙女が、すっかり怪獣王呼ばわりされてしまっていた。
もちろんミノン本人はそんな事は全く気にしておらず、むしろ、
「はっはっは、『怪獣王』とは光栄の至りだが、その名の心地良い響きに舞い上がらぬ様、一層気を引き締めなくては!」
喜びつつ、さらにその喜びを抑えようとさえしている始末。
そんな怪獣王の圧勝で終わるかと思われたこの大会、最後の最後で大番狂わせが起こった。
特に優勝候補と言う訳でもない、その日たまたま好調だったレングストン家の高校二年生の無名選手マッセ・ヴェルブングに決勝で敗れたのである。
マッセは序盤、一か八かで放った捨て身の一打でミノンの右胴を打ち据えて一本先制し、その後はミノンの猛攻を間一髪の所で免れる際どい場面が続くも、何とか時間切れまで奇跡的に持ちこたえて優勝の栄冠を手にしたのだった。
試合終了後、防護マスクを脱いだミノンはその大きな体で覆い被さる様にマッセに抱きつき、
「最初の一本は油断してやられましたが、その後のディフェンスでは恐るべき精神力の強さにやられました!」
嬉しそうに相手の背中をバシバシ叩きながらその健闘を称えると、
「精神力と言うか、もう必死でした。まるで細くて長い綱の上を渡っていたみたいで……正直、心臓に悪かったです」
棒立ちで半ば放心状態のマッセは、それだけ言うのが精一杯といった様子である。
その後の優勝インタビューでもしどろもどろになりながら、勝ち進むごとに大きくなるプレッシャー、特に決勝戦におけるそれが強烈だった事について言及するだけで終わってしまい、後で合流したレングストン家の応援団の中のエーレに、
「すみません……優勝インタビューで『劇場版エーレマークⅡ』の宣伝をするのを忘れてました」
心底申し訳なさそうに謝るマッセ。
「変な気を回さなくていいから! パティみたいにほとんど芸能人に近いタレントモドキはともかく、あなたみたいな一般人がそこまでやる必要はないのよ!」
むしろ自分が申し訳ない気分になるエーレ。
「い、今から、ちゃんと映画の宣伝して来ます!」
「いや、だから、そんなに張りきらなくていいって! 普通にしてればいいから!」
エーレの忠告を振り切って、記者達が待っている物販コーナーの前に決死の覚悟で赴くマッセ。
そこには既にミノンがその巨体に例の長いタペストリーをたすきの要領で巻き付けて立っており、記者達を相手に、
「私もこの映画に出たかったです。今日の決勝戦の様に、最後に倒される『巨大怪獣』の役でもいいですから」
などと冗談を飛ばして映画の宣伝に一役買っていた。
そんな場馴れしたミノンのフォローもあって、マッセは無事に映画を宣伝する事が出来たが、
「……いいんだか、悪いんだか」
武芸の精神性を重んじるレングストン家の剣士として、エーレは何とも複雑な心境であった。




