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「エーレに優勝を許した事により、一般の部は『劇場版エーレマークⅡの公開記念イベント』になってしまいました。映画配給会社はさぞ喜んでいることでしょうね」
大会終了から数日後、マントノン家の屋敷の敷地内にある稽古場で現当主シェルシェは、弟にして次期当主のヴォルフに対し、五歳児には少しシビア過ぎると思われる話をしていた。
「はい、シェルシェお姉さま。映画はともかく、エーレさんの強さはほんものです」
そんな無茶振りをする姉に対し、しっかり返す事が出来るヴォルフ。よく訓練されている。
「私もモブ役で友情出演する手前、映画がヒットするに越した事はないのですが、だからと言ってマントノン家の威信を失墜させてまで宣伝する義理もありません。あなたの言う通り、エーレが強かった、というだけの事です」
「映画のせんでんのためにエーレさんがゆうしょうしやすいようにした、などということをシェルシェお姉さまがするはずがありません」
「ええ、一部の有力選手の出場を控えさせたのも、マントノン家の威信を慮っての事です」
「大人のじじょう、ですね」
「幼いあなたにそれを分かれと言うのは無理かもしれません」
「わかります。だいじょうぶです」
「ふふふ、ヴォルフは大人ですね」
稽古場の真ん中で向かい合って正座している状態から、手を伸ばして優しくヴォルフの頭をなでるシェルシェ。どこか犬の訓練に見えなくもない。
「つぎのレングストン家と、そのつぎのララメンテ家の大会のいっぱんの部に、マントノン家からはだれもさんかしないのですか?」
シェルシェがなで終わるのを待ってから、真顔で問うヴォルフ。
「ええ。元々、一般の部では他家の商売の邪魔になる様な事をしない、というのが御三家の暗黙の了解なのですよ。客を呼べるエーレとコルティナについては、商売の邪魔どころか莫大な興行収入をもたらすので例外扱いですが」
「小中高の部は今までどおりにえんせいするのですね?」
「ええ、大人の事情を子供に適用するべきではない、という判断です」
そう言って、またシェルシェは手を伸ばしてヴォルフの頭を優しくなで、
「武芸を商売とする者は、武芸一辺倒でも商売一辺倒でもいけません。時には誇り高く、時には計算高く、相反する要素を臨機応変に処理する必要があるのです。それを心の片隅に留めておきなさい」
幼い次期当主の教育に余念がない。
「はい、わかりました、シェルシェお姉さま」
よく訓練されているヴォルフ。