◆521◆
「ほぼ予想通りの結果とはいえ、流石の私も今日は堪えました」
その日の晩、マントノン家の屋敷の書斎で前々当主にして祖父のクペに、珍しく弱音を吐く現当主シェルシェ。
「これまでに中高の部で何度も苦い思いはして来ただろう。不名誉には違いないが、相手がエーレとコルティナでは仕方がない。あの二人は別格だ」
一般の部で外部の選手に優勝されてしまった事より、珍しく弱っている孫娘の方が心配なおじいちゃま。
「あの子達は別格と言うか、突然変異ですからね。それぞれの家を代表する剣士でありながら、その剣術のスタイルはそれぞれの家の主流ではないという」
「確かにレングストン家の主流は一刀流で、エーレの様な二刀流の剣士はまだ少ないな」
「エディリア剣術界全体を見渡しても、一刀流の方が圧倒的多数です」
「ララメンテ家も、コルティナの様にふわふわで捉えどころのない戦い方で勝ち進む剣士は他に見当たらない」
「あのふわふわは天然、もとい天性で他人に伝授のしようがありません。その天性の分析能力は、道場生の指導に上手く活かされている様ですが」
「してみると、今日の結果もエーレとコルティナの二人に敗北したのであって、決して我がマントノン家がレングストン家とララメンテ家に敗北した訳ではない、と言えるのではないか?」
「ふふふ、同感ですが、それを我々マントノン家の者が言ってしまっては、ただの『負け犬の遠吠え』です、おじい様」
「分かっている。よそではこんな言い訳がましい事は言わんよ。ここだけの話だ」
ちょっと恥じ入るおじいちゃま。
「では、私もよそでは言えない『負け犬の遠吠え』を言わせて頂きましょう。突然変異、もしくは唯一無比な戦闘スタイルを持つエーレとコルティナが相手では、一般の部のベテラン勢は『未知数の敵に対して実力を発揮出来ないままやられてしまうのではないか』、と懸念していたのですが」
「実際、その通りになったな」
「はい。むしろ、今まであの二人と戦った経験のある若手選手の方が善戦していた位です」
「他流試合の怖い所だ。慣れない相手と戦うのは非常にやりにくい。主戦力たる精鋭の出場を控えさせて、今までの大会で戦った事のある選手で埋め合わせる戦略は正解だった訳か」
「どの戦略もエーレとコルティナの進撃を食い止めるまでには至りませんから、正解はありませんよ。今はただ、マントノン家の為に全力で戦った選手達よりも、『自流派のメンツを守る為に専守防衛路線を採択した』当主に非難が向けられる事を願うばかりです」
「それがお前の『遠吠え』か。まあ、ささいな非難など、あの二人への賞賛の前には霞んでしまう事だろう」
「そうですね。だからと言って、当主たる私が気を緩めるべきではありませんが」
「うむ。何と言っても一般の部こそが各流派の主力であり『顔』である事実は変わらん。今回の経験から学んだ事を糧として、打倒エーレ、打倒コルティナに邁進してくれ。ところで、今回パティは――」
どうなった、とおじいちゃまが聞き終える前に、
「地下室です」
それまでの疲れた雰囲気を一転させ、冷たい笑顔でぴしゃりと答える孫娘。
その一言で全てを察し、
「……そうか」
と言って、ため息をつくおじいちゃま。
経験から学べない者がこんな身近な所にいたのを忘れてた。




