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「自流派のメンツを守る為とはいえ、有力選手を出し惜しみするマントノン家にはがっかりだよ」
などと軽い失望の声もあった今大会も、いざ試合が始まり、約一年ぶりにエーレとコルティナの活躍を目の当たりにすれば、
「エーレマークⅡ! エーレマークⅡ!」
「いいぞ『八代目ふわふわ魔女』ー! 優勝インタビュー期待してるからなー!」
観客達は失望など最初から無かったかの様にすぐ掌を返し、応援合戦の熱狂の渦に呑み込まれてしまう。
もっとも大会に水を差す様な政策をとった当主シェルシェも、有力選手に出場を控えさせる一方で、
「今までの大会であの二人と戦った事がある選手は、出来るだけ出場してください」
エーレ、コルティナとの交戦経験を持つ若手剣士を積極的に本土防衛の任に当たらせており、まるっきり諦めていた訳でもなかったのだが。
「でも今まで、シェルシェとミノン以外にエーレとコルティナに勝ったマントノン家の選手っていなくね?」
「中学生の時、勝った選手がそれぞれ一人ずついた様に記憶してるんだが。ただ、その後あまりパッとした活躍がなかったせいか、その選手達の名前はもう覚えてない」
「結局ミノンが一般の部に来るまで打つ手無し、か。一般の部と言っても、案外使える駒は少ないのな」
そんな辛辣な感想もちらほらと飛び交う中、主催者席から試合を見守るシェルシェは仮面の様な微笑みを絶やさない。将は不利な状況の時こそ動じてはならないのである。
「シェルシェも辛いだろうなあ。私だったら、つい声を張り上げてウチの選手を応援してしまうかも」
一方、観客席では自流派の劣勢に動じまくりのミノンが、もどかしげに髪をかきむしりつつ、姉の心中を思いやっていた。
「そんな事をしたら最悪退場処分でしょう。主催者が退場になったら前代未聞ですよ」
隣で姉を諭す様に答えるパティは、いつもの様に双眼鏡で獲物、もといちっちゃなエーレを追跡するのに余念がない。ある意味、この妹の方こそ退場処分にすべきなのかもしれない。
「メンツとか関係なしに、これはと思う選手は堂々と出場させて、エーレやコルティナと戦わせて欲しかったな」
「今、勢いに乗っているあの二人が相手では勝ち目は薄そうです」
「勝ち負けじゃなくて、とにかくいい試合が観たいんだよ! 今まで中高の部では出し惜しみせずに全力で戦って来たじゃないか!」
「二年の辛抱です。ミノンお姉様が一般の部に上がれば、また状況も変わるでしょう」
「はあ。長い二年になりそうだ」
「私など、あと五年待たなければエーレの全身を白昼堂々撫で回す、もとい剣を交えられないんですよ!」
老朽化した水道管の様に、邪な本音がダダ漏れなパティ。
その後大会はエーレが準決勝でコルティナを破った後、決勝でマントノン家の選手に勝利して見事優勝を果たし、幕を閉じた。